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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代」事件 第29回
至近距離に近づいた代理人

 講談社代理人の反対尋問ではとりわけ印象的な場面がみられた。講談社代理人の質問に対して大統が「平成5年ごろから両方の目が見えなくなり、誰かの助けを借りないと日常作業もできなくなった」と供述したあとのことである。代理人は東村山の「びっくりドンキー」で朝木側と顔合わせを行った際、目の前で大統が何の支障もない様子でハンバーグを食べる光景を見ている。そこで代理人は聞いた。



(講談社代理人による反対尋問 1)

代理人  食事なんかはどうですか。

大統  食事は目の前にあるものは自分で、はしで探せますから。

……

代理人  大変失礼なんですけれども、今1メートルぐらい前にある水のボトルは、もやにかかりながらも見ることはできますか。

大統  ほとんど見えません。見えません。



「ほとんど見えない」とは「見える」ということである。そのことに気がついた大統は、即座に「見えません」と言い直した。

 また、いくら食事が目の前にあったからといって、「失明」している者がはしで探して食うことは超能力者でもなければ不可能なのではあるまいか。大統は「びっくりドンキー」で食事をしているのを見られたことは否定できないと考え、先手を打ったつもりだったのだろう。しかし、「はしで探して食事ができる」と明言したということは「見えている」といったに等しかろう。

 法廷では珍しいと思われる場面が見られたのはそのあとである。大統がどうしても「見えない」と主張するので、代理人はあえて大統の顔の前に近づきこう聞いた。

「(代理人は被告の)1メートルくらい前に顔を置きます。朝木さん、私の顔は見えますか」

 しかしそれでも大統は「見えない」と言い張った。障害物の多い法廷内を難なく歩いていた者が1メートル前の弁護士の顔も見えないというのは、というのはどうみても不自然だった。そこで、講談社弁護士はこう聞いた。

「朝木さん、私と会ったことありますね。記憶あるでしょう」

 すると大統は「ファミリーレストランで会った」と即答したのである。尋問が行われたのは「びっくりドンキー」で顔合わせをしてから5年半も後のことである。しかも講談社側はそのとき4名で行っている。その中の1人を、当時も今も顔が「見えていない」にもかかわらず、大統は声を聞いただけでわかるというのである。目がよくないのは事実としても、少なくとも「まったく見えない」という大統の主張は信じがたいという印象は拭えなかった。

「見えない」と言い張る大統

 自分と会った事実を覚えていることを確認した上で、講談社代理人は大統が食事をしていた事実について次のように念を押した。



(講談社代理人による反対尋問 2)

代理人  大統さんは、あのとき、お食事をされていましたよね。

大統  はい。

代理人  私の記憶ではハンバーグ定食を食べていたようなんですが、記憶ないですか。

大統  食べたと思ってます。

代理人  私どもが行ったときには、すでに食事の注文をされて、食べてらっしゃいましたね。

大統  はい。

代理人  あのとき私は、目がそんなにお悪いとは考えていなかったんですけど、当時はまだ不自由されてなかったんじゃないでしょうか。

大統  いや、片目のときはよかったんですが、両目になってからはもう全く行動ができなくなってしまいました。

代理人  お食べになってるときに、目のこと悪いとお聞きしてたけど、全然そんな感じしなかったんですが、実際どうだったんですか。

大統  それは食べることは最低限できますけど、それ以外のことは非常に。



 代理人は大統が食事をしている様子をただ漫然と目撃したのではなく、大統が目が悪いことを事前に知っていて、「それほど悪いようには見えないな」と思いながら見ていたのである。代理人の見た印象は、ただ「食べるのを見た」というだけの記憶とは異って信憑性が高いと評価できよう。

 それを聞いた大統は「それは食べることは最低限できる」と弁解したが、大統はたんに「食べることはできる」といったのではなく、「はしで探せる」とも供述している。「はしで探せる」ということは、程度の問題はあるにせよ、「見えている」ということだとみるのが常識的なのではあるまいか。まして、「食べること」はできるが「それ以外のとこはできない」とする供述はとうてい信用しがたいというほかない。

最も唖然とさせた供述

 5年半も前にたった1度あっただけの人物を、声を聞いただけでその人物と断定できるという普通では考えられない大統の主張は、さらに常識的にもあり得ない話へと発展した。創価学会代理人に代わり、当時の大統の仕事について質問が及んだときの供述である。尋問を聞いてみよう。



(創価学会代理人による反対尋問)

代理人  会社では実際にはどのような仕事をしていたんですか。

大統  銀行出身だということで、銀行のお相手をしてほしいということでした。

代理人  ……具体的にいったらどういうことをするんですか。

大統  融資の話です。

代理人  具体的に書類等を確認し、見ながらすることになるわけですね。

大統  それは私はできませんので、担当の人が、経理部長なりがやっておりました。



 書類も見えない状態で、大統は銀行の担当者とどう融資の話をするというのか。代理人が聞くと、大統は「応対役みたいな形」であるという。そういわれても、書類をまったく見ないで銀行の応対などできるのか。代理人はさらに聞いた。



代理人  あなたは先ほど、1メートル先の講談社の弁護士の顔も見えないといわれたけれども、1メートル先の相手方の顔も見えないで応対できるんですか。



 的確な質問である。それに対する大統の供述は、この日の供述の中でも際立って聞く者を唖然とさせた。大統は堂々とこう答えたのである。



大統  声でやってますから、それは顔見なくても大丈夫でした。



「声でやってるから大丈夫」といわれても、これでは相手方の金融機関も正直なところ困惑しよう。そんな常識的にはちょっと考えられない話が信託銀行の支店長まで務めた人物の口から出てくるとは、驚きを超えて、むしろ哀れをさそった。当時すでに「失明していた」という「設定」に従えば、大統は自分の仕事についてこんなあり得ない説明をするほかなかったのだろう。大統が「失明していた」という話が最初に出てきたのは平成8年7月9日、議席譲渡事件における朝木直子に対する尋問の際である。

 なお、のちに矢野は明代の司法解剖鑑定書に記載された「上腕内側部の皮下出血の痕」が「他殺の証拠」であると主張しているが、矢野はこの裁判の一審判決前に司法解剖鑑定書を入手している。しかし一審では朝木はそのような主張はいっさいせず、コメントの存在を否定するとともに、「創価学会が関与した疑いを指摘しただけ」などという回りくどい主張をしただけだった。朝木が初めて「上腕内側部の皮下出血の痕」が「他殺の証拠」であると主張したのは入手から半年後の控訴審においてだったのである。
 
(つづく)
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