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『週刊現代」事件 第32回
大統の勤務状況も重視

『週刊現代』の記事に対する東京高裁の判断は十分に予測されたものだった。では、東京高裁が朝木父娘に対する判決を変更するに至った理由は何だったのか。

 控訴審における最大の関心は①「コメントはしていない」とする朝木の主張をどう判断するか②コメントの存在が認められた場合に朝木父娘の責任が認定されるのか否か――という点にあった。まず「コメントをしていない」とする朝木大統の供述についてどんな判断をしたのか。東京高裁はこう述べた。



(朝木大統の供述に対する東京高裁の判断)

 一審被告(筆者注=大統)は、……当時は既に失明していて証人○○(筆者注=『週刊現代』記者)の供述するような対応(筆者注=記者が朝木宅を訪ねた際、大統が玄関から門まで出てきて取材に応じたこと)は不可能であった旨などを供述するが、同供述は、一方で同人が当時松戸市内の不動産会社で支障なく勤務していたとするなど、にわかに措信し難い内容となっていることから、到底これを採用することができず、原判決の認定事実を左右するに至らない。



 東京高裁はこう述べて、大統が当時失明していて取材にはいっさい応じていないとする主張は信用できないとし、『週刊現代』に掲載されたコメントをした事実を認定したのである。その理由の中でもとりわけ、大統が不動産会社で銀行との応対を「声だけで問題なくやっていた」などと供述した部分を取り上げて「措信し難い」と述べたことはきわめてまともな判断というべきだろう。

判断材料の1つとなった政治宣伝ビラ

 コメントの存在に関する東京高裁の判断は一審と同じだった。一審の東京地裁は「朝木は『週刊現代』の取材にコメントするにあたり自らの主張がそのまま掲載されることを意欲していたことがうかがわれるが、それがそのまま掲載されるかどうかについて編集部と意思の連絡があったとはいえない」などと述べ、コメントをした事実とそれが本件記事に掲載されたこととの間に相当因果関係があったとは認められないとした。ところが東京高裁はこの相当因果関係について踏み込んだ判断を示したのである。

 東京高裁は記事に朝木らのコメントが掲載されるにあたり、まず朝木らの側に「明代の転落死には創価学会が関与している」との主張を報道機関を通じて社会に訴えようとしていたと認定している。その理由として挙げているのは以下の3点である。

朝木と大統が『週刊現代』の取材に対して述べた主張の内容は共通したもの(「明代は万引き事件によって思い悩んだ末に、それが原因で自殺したという筋書きの下で創価学会に殺された疑いがある」というもの)だから、2人の間には事前に意思の連絡があったものと推認できること。

 朝木らの主張に真実性も相当性も認められないことは、本件記事について東京高裁が不法行為であると認定している時点で自明である。したがって上記①は、朝木らの主張が事実に基づくものではなく、齟齬が生じないよう口裏を合わせた上でコメントしていたと認定するもので、朝木父娘には「明代は創価学会に殺された」とする虚偽の事実を流布させようとする計画性があったと東京高裁がみていたことがうかがえる。

朝木らが問題の『週刊現代』の発売後、講談社に対して抗議、苦情の電話をかけたとは認められないこと。

 朝木は尋問で『週刊現代』が発売された日に、編集部に電話して「コメントはしていない」と抗議したと供述したが、東京高裁は朝木のこの供述は〈採用し難い〉、すなわち虚偽であると述べた。むしろ東京高裁は、その日の夕方、担当者が「草の根」事務所を訪ねて朝木、矢野と面会したこと、朝木がその際「よくここまで書いてくれましたね」と礼をいったという担当者の証言を信用できると判断したということと理解できよう。

朝木が編集に関与する彼らの政治宣伝ビラ、『東村山市民新聞』(筆者注=矢野が尋問から逃げた記事)においては本件記事発行後も継続して「創価学会疑惑」記事を掲載しているほか、ラジオ番組や他の週刊誌などでも同旨の発言を繰り返していること。

 東京地裁はこれらの理由から、朝木父娘(少なくとも朝木直子)が「明代は創価学会に殺された」とする主張を、〈積極的に報道機関を通じて訴えようとしていた〉ものと認めたのである。「積極的に訴えようとしていた」ということは、たんに聞かれたからコメントしたということではなく、掲載されるよう努力したということでもあろう。

双方の「意欲」を推認

 その結果、朝木らのコメントが本件記事に掲載をみた理由について東京高裁は次のように推測している。

〈本件記事の掲載についても、それは一審被告朝木らの意図に沿うものであり、一審被告講談社においてそのような記事を掲載することを意欲していたものと推認される〉

 東京高裁は、本件記事がかたちとなって成立したのは『週刊現代』側と朝木側双方の意図と意欲が合致したからであると判断したフシがうかがえた。

 さらに東京地裁は、当時のオウム真理教による大量無差別殺人事件によって、〈社会一般が宗教団体全般に対して批判的となっていた風潮の下において〉、朝木らの主張も「大衆向け週刊誌」である『週刊現代』なら、〈創価学会に対する批判的論調の1つとして好意的に取り上げられることが強く予測されたというべきである〉とも述べた。

 判決では触れられていないものの、本件記事にはかねてから朝木側と『週刊現代』側双方と関係があったジャーナリストの乙骨正生が登場し、朝木および『週刊現代』の主張を肯定するコメントを提供している。乙骨は明代の自殺から2カ月前の万引き事件の時点からすでに矢野と明代の「冤罪」とする主張に与するなど親密な関係にあった。このような乙骨との関係からも朝木らは、『週刊現代』が彼らの主張を好意的に取り上げる可能性を予見できたのではないか――、こうみることもなんら不自然ではあるまい。

(つづく)
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