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『週刊現代』事件 第36回
「創価べったりの判事」と主張

 一審判決後、朝木は損害賠償責任を免れたことで、あたかも彼らの主張が裁判所から認められたかのような宣伝を行った。では、朝木父娘にも損害賠償と謝罪広告が命じられた東京高裁判決後、矢野と朝木はどう書いたのだろうか。控訴審判決(平成13年5月15日)を2週間後に控えた平成13年4月30日付『東村山市民新聞』第119号で朝木は次のように予告している。

〈この裁判は、(一審は)私達朝木議員遺族は勝訴しましたが、敗訴した創価は不服として控訴し、東京高裁でこの5月に判決が出る予定です。〉

 一審判決後に都合の悪い部分はいっさい表に出さなかった朝木が判決の「予告」までするとは、矢野と朝木には控訴審でも逃げ切れるという目算があったのかもしれない。

 この判決について記載したのは『東村山市民新聞』ではなく平成13年5月付『草の根市民新聞』第7号だった。矢野が『草の根市民新聞』として発行するのは、国政選挙や東京都議選が行われる場合に東村山を含む周辺地域を配布対象地域とする場合のようである。基本的にビラの名前が変わるだけで、中身は『東村山市民新聞』とほとんど変わらない。控訴審判決について朝木は次のように記載した。



(東京高裁判決後の『草の根市民新聞』の記載)

 創価学会は……私と父、「週刊現代」編集長を刑事告訴しました。が、……徹底的に捜査した東京地検は、……不起訴の決定をしました。創価の刑事告訴は門前払いとなったのです。……

 ……(地検はともかく)裁判所には創価べったりの判事がいて一方的な審理や判決をしています。

 例えば、創価は……「週刊現代」記事が名誉毀損だとして、私達を民事提訴し、99年7月の判決で、私達朝木議員遺族が勝訴。が、……今度は高裁で5月に、遺族が「週刊誌を利用した」などと全く奇妙な理由をつけ逆転判決です?! 



 あえて要約すると、「東京地検は刑事告訴を不起訴としたが、裁判所には〈創価べったり〉の裁判官が存在しており、その裁判官が理不尽な理由をつけて〈逆転判決〉となった」ということらしい。のちに『東村山市民新聞』事件でやはり200万円の損害賠償と謝罪広告の掲載が命じられた際、矢野は証拠や主張によってではなく「『裁判官が創価寄り』だったために不公正な裁判が行われた結果、敗訴に追い込まれた」と印象付ける記事を掲載したが、裁判が「創価寄りで」で不公正であるとの印象操作はこの頃から始まっていたのである。「明代は殺された」とする証拠をなんら明らかにできないから、印象操作に逃げ込んだということと理解できよう。

 またこの記事には朝木父娘に各自200万円の支払いと謝罪広告を命じた判決内容も明示されていない。少し裁判の知識がある人なら「逆転判決」の意味はわかろうが、それでもこの裁判がどうなったのか、この記事のかぎりでは普通の読者は確信をもって理解するには至らない。あえて「敗訴」という表現を使わず〈逆転判決〉とのみ記載したところに、自分たちに都合の悪い判決結果は可能なかぎり明示したくない彼らの本音が透けて見える。

ますます曖昧な表現に

 平成14年10月29日に言い渡された朝木らの上告を棄却した最高裁決定について報告されたのは平成15年1月31日付『東村山市民新聞』第129号である。記事は『週刊現代』事件以外の『聖教新聞』事件など関連裁判の結果を報告するという体裁になっており、いずれもあたかも彼らに有利な判決が下されたかのように記載されている。そのような記事に囲まれた中で朝木は『週刊現代』裁判について次のように述べている。



(最高裁判決後の『東村山市民新聞』の記載)

〈「週刊現代」最高裁判決10/29〉

 この裁判は「週刊現代」が「明代は創価学会に殺された」と書いた記事を、創価イケダ本部が刑事告訴と併せて提訴したものです。刑事告訴は「創価の事件関与の疑いは否定できない」として、98年7月東京地検は創価イケダの告訴を門前払いしました。創価べったりで信用できない裁判官もいる事を証明した判決ですね。



 ここに至ってはもう、〈「創価の事件関与の疑いは否定できない」として〉〈告訴を門前払いした〉と、東京高裁が相手にしなかったあり得ない理由を挙げた上で、「不起訴」という結果を記載しているが、見出しにある民事の最高裁判断についてはどこにも具体的に明記していない。文字数もそのほとんどが「不起訴」の説明に費やされていて、「最高裁判決」に関する記載がどこにあるのかにわかに判断できないような扱いになっているところに苦心の跡がみえる。

 ところで、上記記事の中で創価学会のことを「創価イケダ本部」と記載していることに違和感を持たれた読者もあろう。冒頭では「新興宗教・創価イケダ教信者」という文言がある。これらの記載からは、朝木が「創価イケダ本部」といういかにもいかがわしげな実在もしない団体名を記載することによって、創価学会に対して「新興宗教」=反社会的団体というイメージを被せようとする意図が感じられる。記事は読者に対して最初に創価学会が「社会的信用のない」「新興宗教」であるとするイメージを与えた上で、「不起訴」の話へと続け、相対的に自分たちの主張が認められたと主張しようとしているように思える。

 この記事を読んだ読者は〈創価べったりで信用できない裁判官もいる事を証明した判決〉という部分から結果を類推するしかないが、やはり実際にはどうなったのか確信は持てない。その一方で、「刑事告訴が不起訴になったこと」と朝木が「〈創価べったりの裁判官もいる〉といっていること」だけは読者の印象に残る――という構造の記事である。朝木としては、〈証拠を出して事実を証明する努力をしなかったため敗訴〉した講談社だけでなく、自分たちも同様に真実性・相当性の立証ができずに敗訴した事実をよほど明らかにしたくなかったものとみえた。

 なお、『週刊現代』が提訴されて以後、朝木はビラに〈『週刊現代』が掲載した朝木議員遺族の発言そのものは事実と異なってはいる〉とは記載したが、「『週刊現代』には取材を受けておらず、コメントもしていない」とはついに1度も書かなかった。「事実と異なっている」のと「コメントもしていない」というのとでは大きな違いがあろう。「取材を受けていない」のなら、『週刊現代』の記事は捏造だというべきなのである。

 しかし、「コメントはしていない」と書いてしまったのでは、実は彼らが『週刊現代』と敵対関係にあることを市民に悟られる恐れがある。彼らの今後にとっても、これはさすがにかえってマイナスになりかねないと判断したのだろうか。いずれにしても矢野と朝木はこうして、裁判の結果などについて一般市民に対して事実とは異なる説明をしていたのである。

(つづく)
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