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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代』事件 第37回
批評を「控えた」矢野

 矢野と朝木は『東村山市民新聞』第129号(平成15年1月31日付)で彼らの上告を却下した最高裁決定に関する記事を掲載するまで、〈事実の証明をしなかった「週刊現代」は敗訴しましたが、朝木遺族側は創価に勝訴〉などと、『週刊現代』は自分たちと違ってやるべきことをやらなかったために敗訴した(趣旨)と記載してきた。しかし矢野と朝木が平成15年11月に発行した『東村山の闇』には『週刊現代』を批判するような記載はいっさいない。というよりも、この裁判に関する記載自体がなかった。

 その代わりに丸々1章を充てていたのが、同じ『週刊現代』の記事をめぐって創価学会が刑事告訴した件だった。第7章の見出しには〈最初の勝利、刑事告訴を粉砕――「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」〉とあり、最初の小見出しは〈「週刊現代」は勝った〉というものだった。第7章の書き出しはこうである。

〈1995年9月11日、殺害事件後、トップを切って講談社の「週刊現代」が発行された。「明代は創価学会に殺された」と題する記事だ。編集権は週刊誌側にあるから、私たちが内容について批評することは控えるが、すぐさま創価学会は刑事告訴を警視庁に行った。〉

 上記記載では『週刊現代』の本来のタイトルから〈夫と娘が激白!!〉という文言が省かれているが、これは偶然ではなく、記事作成の過程に朝木父娘が関与していたことを隠したいという意識が働いたものと私はみている。

 さらにここで矢野は、〈編集権は週刊誌側にあるから、私たちが内容について批評することは控える〉という。編集権が週刊誌にあるのは当然としても、だからといって外部の者が記事について批評できないということはない。矢野はここで「批評を控える」などと無関係を装うが、これには2つの理由があるのではあるまいか。

 1つは、朝木と大統は「取材を受けておらず、コメントもしていない」と主張してすべての責任を『週刊現代』に押しつけようとしたこと、控訴審ではこの第7章のタイトルにもある「刑事告訴」の件についても真実性・相当性の根拠として主張したが相手にもされず、結局は講談社ともども各自200万円の支払いと謝罪広告の掲載を命じられたという事実から読者の目をそらせるためだろう。現に、『東村山の闇』には民事裁判の経過は記載されていない。

 もう1つは、〈編集権は週刊誌側にある〉ということで、仮に朝木がコメントしていた(取材に応じていた)としても、それをどう扱うかは『週刊現代』の権限であり、記事に掲載されたコメントについて朝木が責任を負うことはないということをあらためて読者に訴えるため――だったのではあるまいか。いずれにしても、〈編集権は週刊誌側にある〉という文言には、矢野の自説に対する強いこだわり(一度口に出した主張は絶対に引っ込めることがない)をうかがうことができる。

きわめて不可解な「背景」説明

 続けて矢野は、創価学会による『週刊現代』に対する刑事告訴が不起訴になるまでの「背景事情の変化」について述べている。要約すると、この刑事告訴は当初たいした捜査はされなかったが、明代の万引き被疑事件と転落死(=万引きを苦にした自殺)の捜査を担当した当時の創価学会員である東京地検八王子支部の検事が異動した後、〈スタンスを変えているように見えた〉という。つまり、それまでは明代の転落死について「万引きを苦にした自殺」と判断していたもの(スタンス)が変わってきた――と矢野はいうのである。

 平成9年4月14日、東京地検は次席検事が記者会見を行い、明代の転落死について「自殺の可能性が濃い」とする最終捜査結果を発表している。ところがそれ以後になって、東京地検のスタンスが変わったと矢野は述べる。その後の平成10年7月15日、『週刊現代』に対する刑事告発について不起訴の決定をした。さらにその理由について東京地検は、〈告訴から3年間、十二分に捜査した結果、創価学会側が事件に関与した疑いは否定できないということで、不起訴の処分を決めた〉と述べたと矢野はいうのだった。

 時系列でみると、東京地検は「自殺」とする結論を出した翌年に「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」とする結論を出したことになっており、「自殺」の結論が覆ったという関係になっていることがわかる。矢野の記載によれば、東京地検は当初はまともな捜査もせず証拠に基づかない恣意的かつ不公正な判断をし、さらに検事が変わったとたんに記者会見までして公表した結論を覆し、その事実をもう公表しないまま確定させたことになる。民主国家日本において、検察だけはそんないい加減な組織だということなのか。矢野のいうように創価学会の影響力がなくなって結論が変わったというのなら、変更後の結論を公表しないのは、なおのこと不可解なのである。

 矢野が「不起訴の理由」について『東村山の闇』の記載に近い説明を初めて行ったのは不起訴の決定から3カ月後の平成10年9月1日付『東村山市民新聞』においてである。このときは、〈捜査の結果、創価関係者が、朝木議員殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑は否定できない〉として不起訴になったと宣伝している。したがって『東村山の闇』における上記の記載はその5年前、不起訴決定の直後の時点で発想されていたことがわかる。


あり得ない告訴事情

『東村山の闇』の記述によれば、担当検事は東村山市議だった朝木明代の転落死について「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」といったという。東京地検が「巨大宗教団体が明代の転落死に関与した」と結論付けたとすれば、それはまさしく記者会見して社会に広く公表すべき重大な結論である。しかし、東京地検がそのような記者会見を開いた事実は存在しない。その事実からすれば、東京地検が当初の判断を覆したという矢野の説明は説得力に欠けよう。

 また、矢野が主張するように東京地検が〈創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない〉とする結論を本当に出したのだとすれば、創価学会は捜査機関から事件に関与していたとする結論が出される危険を自ら冒してまで、あえて告訴に及んだことになるが、そんなことがあり得るだろうか。身に覚えのある者が、告訴しなければ捜査されることはないという状況にあって、あえて自分自身を危険な立場に追い込むようなことは普通はしない。

 しかし矢野は平成10年9月以降、平成15年の『東村山の闇』に至るまで、微妙にその内容は変化しているものの趣旨としては一貫して、創価学会があり得ない告訴をし、その結果、東京地検が当初の結論を覆して〈創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない〉とするきわめて重大な捜査結果の変更を行い、しかもその事実をどこにも公表しないという、あり得ない事実が起きたと主張しているのだった。

(つづく)
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