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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代』事件 第40回
地検の結論を覆す好機

 創価学会による『週刊現代』に対する告訴を東京地検が不起訴とした理由について、矢野は「東京地検が〈創価関係側が事件に関与した疑いは否定できない〉と判断したため」であると『東村山の闇』で主張しているが、平成11年に創価学会と東京地検を提訴した『創価新報』事件での尋問でも同様の供述を行っている。これが事実なら、朝木明代の転落死について東京地検が平成9年に発表した「自殺」とする結論が覆されたに等しい捜査結果の重大な変更ということになる。

 東京地検が「自殺」から「他殺」へと結論を変更したのなら、社会的に注目された事件ということで記者会見を行い、いったんは「自殺」と発表した経緯からも、これほど重大な「変更」があったとすれば、東京地検は再度記者会見を開いてその旨を公表しているはずである。ところが東京地検がそのような発表を行った事実はない。にもかかわらず矢野と朝木だけは、「東京地検の結論が変更された」と主張していた。

 その矢野にとって東京地検と創価学会を提訴した『創価新報』裁判は、「東京地検の結論が変更された」とする主張の正しさを証明する絶好のチャンスだったはずである。結論が「変更」されたとする事実を直接、「自殺(の可能性が濃い)」の発表を行った当時の次席検事にぶつければよいのだから。その結果はどうだったのか。ところが、この裁判について矢野は『東村山の闇』ではただ「別件裁判」と記載したのみで詳細についてはいっさい触れなかった。

 この裁判で矢野が「全く根拠がない」と主張している東京地検の具体的な発表内容をあらためて確認しておこう。



(平成9年4月14日、東京地検の松尾邦弘次席検事が記者会見で発表した内容)

結論


「自殺の疑いは相当程度ある反面、他殺であるとの確証は得られなかった」

理由

「①明代が救急車の手配を断ったこと、②明代の遺体及び着衣に争った形跡がないこと、③転落死の数時間前から明代が現場周辺を打ち沈んだ様子で徘徊していたこと、④明代のストッキングの足底部が破れかつ汚れていたことから、明代が靴を履かないで歩いていたものとみられること」



 矢野らは『創価新報』裁判で上記の東京地検の発表に対して〈前提となる事実が全く根拠がないものであり、明代に対する誹謗中傷というほかない〉などと主張し、創価学会の代理人、および矢野の代理人による尋問では「東京地検の結論が変更された」と供述している。

国(東京地検)代理人とのやりとり

 この裁判の尋問で矢野は東京地検の代理人とも対峙する機会があった。しかし「東京地検の発表が違法である」とする根拠に関してその尋問で矢野が供述した内容は、創価学会の代理人や矢野の代理人に対して供述したものとは異なっていた。

「東京地検の発表が違法である」とする根拠に関して、矢野は国の代理人による尋問で「平成9年の地検発表のあとに松浦法務大臣(当時)および警察庁刑事局長と面会し、『自殺とも他殺とも断定していない』といわれた」と供述し、次席検事の発表については「次席検事も断定はしていないが、『自殺の可能性がある』(=『自殺の疑いは相当程度ある』)ということ自体が客観的事実に反する」などと主張し、続けてその理由についても触れている。そのくだりを紹介しよう。



(東京地検代理人の尋問に対する矢野の供述)

国(東京地検)代理人  他殺というふうに断定するというのが客観的真実であって、それ以外の発表は客観的真実に反しているということですか。

矢野  そのとおりです。司法解剖の鑑定書にも、ちゃんと記載事実がありますからね。

代理人  だから、松尾次席の発表は違法だというような御主張ですか。

矢野  そうですね、それに基づいてないですから。


 
 ここで矢野は司法解剖鑑定書の記載を持ち出して「東京地検の発表が違法である」と主張している。つまり矢野は、この尋問の場が「東京地検の発表が違法である」と主張するチャンスであると考えていたと理解できよう。

 ところがなぜか矢野は、創価学会の代理人と自分の代理人による尋問の際には「平成10年に東京地検の結論は変更された」と主張したにもかかわらず、東京地検の代理人に対しては「結論が変更された」とする件については一言も主張しなかった。矢野が「平成10年に東京地検の結論は変更された」と主張したのは、東京地検の代理人による尋問が終わり、自分の代理人による尋問に移ってからだったのである(筆者注=第39回に引用)。 

 朝木直子はそれ以前に提出した陳述書で「平成10年に東京地検の結論は変更された」と主張していたから、東京地検の代理人としても矢野が同じ主張をすることは予想の範囲だっただろう。当然、東京地検に対して「平成10年に東京地検の結論は変更された」とする事実が存在するかどうか確認をとっただろうことは容易に推測できる。

 東京地検の代理人に対して矢野が「平成10年に東京地検の結論は変更された」と主張すれば、「そのような事実はない」と反論されることを矢野は予測していたのではあるまいか。矢野の主張に対して創価学会の代理人からも反論が提出されている。さらに「結論の変更」の事実が発表されていない事実が加われば、裁判官が矢野の「平成10年に東京地検の結論は変更された」とする主張にどんな心証を持つかは明らかだった。

 当然、「結論が変更された事実はない」とする東京地検代理人の主張を信用するだろう。だから矢野は東京地検の代理人による尋問の際に、「結論が変更された」とする主張を持ち出せなかった――こういう推測も合理性がないとはいえまい。

(つづく)
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