ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

『週刊現代』事件 第41回
東京地裁が地検の判断を追認

 現実に裁判所は、矢野が本人尋問で「平成10年に東京地検の結論は変更された」と主張した事実についてどう判断していたのか。『創価新報』裁判の判決が言い渡されたのは平成15年3月10日である。

 判決文には、矢野が東京地検の発表について〈前提となる事実が全く根拠がないものであり、明代に対する誹謗中傷というほかない〉と主張したことは記載されている。しかし、「その後、東京地検は〈創価関係側が事件に関与した疑いは否定できない〉と結論を変更したから、発表には根拠がない」と主張したとはいっさい記載されていなかった。つまり、少なくとも東京地裁は、矢野が主張する「東京地検の結論の変更」を争点として扱っていなかった。
 
 最終的に東京地裁は、東京地検が発表した内容について次のように認定している。



(「地検発表」に関する東京地裁の判断)

 松尾は、東京地方検察庁の次席検事の職務として前判示の東村山署の捜査や東京地検による捜査が終了した段階で、捜査の結果得られた資料に基づいて本件検察発表を行ったものと認められ、前判示の捜査結果及び本件検察発表の方法、内容に照らすと、松尾のした本件検察発表は、その職務行為として捜査結果に基づかないものであったり、不相当又は不必要なものとは認められず、……松尾が本件検察発表を行ったことが違法であると認めることはできない。



 矢野は平成9年に東京地検が行った「自殺」とする発表を否定する目的で東京地検を提訴した。しかし上記の判決によれば、矢野はこの提訴によって、東京地検の発表に違法性がないこと、また発表の根拠となった東村山署の捜査内容と結論についても違法性がないことを裁判所においてあらためて確認させただけだったという結論になる。

 また東京地裁が平成9年の東京地検が発表に違法性がないと認定したということは、東京地検はこの裁判で平成9年の発表内容と同じ主張をしたということを示している。つまり、矢野が『東村山の闇』で主張したような東京地検が結論の変更をした事実はないということだった。

 これ以上東京地検を相手にするのはかえって自分の首を絞めることになることに気づいたのか、矢野が控訴しなかった。このため、矢野の請求を棄却した一審判決が確定した。いわば矢野はこの提訴によって、自ら費用を負担して東京地検発表の正しさに裁判所のお墨付きを与えたということになろうか。そんな裁判について矢野がデマの集大成である『東村山の闇』でわざわざ説明するはずもないのだった。

 もちろんその後、矢野と朝木が「東京地検が〈創価関係側が事件に関与した疑いは否定できない〉と結論を変えた」として告訴した事実もない。

揚げ足を取った矢野

 この裁判に現れた事実からも、矢野が『東村山の闇』で主張する「東京地検発表が覆された」というような事実が存在しないことは明らかである。だから矢野は、この裁判について「別件裁判」と記載したのみで、中身についてはいっさい触れられなかった。

 ところが裁判ではまったく相手にされなかったにもかかわらず、判決から8カ月後、矢野は公的判断が及ばない『東村山の闇』で創価学会代理人の陳述書の内容が事実に反すると主張しているのである。矢野が『東村山の闇』でその主たる根拠として主張したのは陳述書の中の次の一文だった。



(創価学会の代理人は陳述書で、「平成10年7月15日に検事から説明された内容は矢野のいうようなものではなかった」と述べたあと、次のように続けていた。)

このことは、その後東京地検が朝木明代氏の転落死事件そのものについて捜査し、平成9年4月14日に「自殺の疑いが強く、他殺の確証は得られなかった」と事実上自殺と断定し、捜査を終結する旨の発表をしていることからも明らかだと思います。



 何か1つでも自分が「聞いた」と主張する検事の〈創価関係側が事件に関与した疑いは否定できない〉とする発言が事実であることを裏付ける具体的な証拠(たとえば不起訴理由を説明した検事の署名が付いた文書等)を示したのならまだ説得力があるかもしれない。ところが矢野は上記記載の中で「その後」という一言にのみ着目し、代理人が時系列をごまかそうとしたかのように主張していた。すなわち「創価学会代理人は平成9年4月の『東京地検発表』と平成10年の『不起訴決定』の時系列を入れ換えているから、代理人が聞いたとする不起訴処分の内容も事実ではない」(趣旨)というのだった。

 矢野は平成10年に東京地検は〈創価関係側が事件に関与した疑いは否定できない〉という理由で不起訴の決定をしたから、この「決定」は平成9年の「自殺の可能性が濃い」とする発表内容を否定するもの、と『東村山の闇』で主張している。創価学会代理人はこの時系列をごまかすことで、結論が変更された事実を曖昧にしようとしていると主張しているのだった。

 しかし代理人は陳述書で、検事が不起訴の理由について〈創価関係側が事件に関与した疑いは否定できない〉などと説明したという事実はないと述べているのであって、時系列をごまかす必要はそもそもない。その証拠に代理人は、陳述書の冒頭部分に不起訴の決定が平成10年7月15日だったことを明記している。不起訴の決定が捜査結果の公表より前であると時系列を逆にしようとする意図であったとすれば、日付もごまかさなければならない。

 しかし代理人はそんな小細工はしていない。陳述書に明記された「東京地検発表」と「不起訴処分」の双方の日付に基づけば、矢野が揚げ足を取った「その後」とは、「『週刊現代』の記事を告訴した後」という意味であることは明白だった。むしろ東京地検を提訴した裁判を「別件裁判」としか触れない矢野の方こそよほど事実をごまかそうとしているというべきである。

(つづく)
関連記事

TOP