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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代』事件 第43回
同時期に異なる主張

 矢野は東京地検の「不起訴処分」に関して提訴した裁判で、創価学会代理人が〈2002(平成14)年8月23日付および同年10月3日付で内容が同一の陳述書を記述し〉(前回参照)と記載しているが、「平成14年8月23日付」とは『潮』事件(「世間を欺く『東村山市議自殺事件』の空騒ぎ。」=月刊誌『潮』平成7年11月号」)で、「同年10月3日付」とは『創価新報』事件で提出したものである。いうまでもなく、矢野が「同一」と認める陳述書は〈東京地検は「創価学会が事件に関与した疑いは否定できない」という理由で不起訴処分とした〉とする矢野の主張を否定するもので、「同一」なのだから当然だが、その内容は一貫している。

 一方、矢野の「不起訴処分」に関する主張は当初の「〈殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑惑は否定できない〉という理由」とするものから「〈創価学会が事件に関与した疑いは否定できない〉という理由」とするものへと変遷している。「不起訴処分」の理由に関する矢野の主張はこの2種類だけだが、同時期に異なる主張をしていたこともあった。それが上記の『潮』事件と『創価新報』事件における主張だった。

『創価新報』事件では、朝木の陳述書から矢野の供述へと移る過程で「不起訴処分」の理由について「嫌がらせに関与」から「事件に関与」へと主張を変遷させた。しかし同時期に争われていた『潮』事件で、矢野は一審、二審とも「不起訴処分」の理由は「〈創価学会が殺害までに至る事件・嫌がらせに関与した疑いは否定できない〉というものだった」と主張したのである。

 1つの事実に対する証言として、合理性がありかつ一貫している証言と、合理性に疑問がありかつそのときどきによって変遷する証言のどちらに信用性があるかといわれれば、一般的に、その答えは明らかである。

 その場の都合によって証言内容を変えることは、矢野と朝木にとって特に抵抗のあることではない。『潮』事件では、「明代の殺害事件に至るまでの間に数々の嫌がらせなどがあった」と矢野らが主張していたことに対して、月刊誌『潮』が「地元記者たちは矢野の自作自演と冷笑している」などと記載したことが争点の1つとなっていた。つまり「自作自演」が指しているのは、矢野が主張する「明代の転落死に至る数々の嫌がらせ」であり、「殺害事件」自体ではない。矢野は「自作自演」を否定する根拠として東京地検が「不起訴」としたことを持ち出したのである。一審の判決文によれば、「自作自演」に関して矢野は次のように主張している。



(『潮』事件における「不起訴処分」に関する矢野の主張)

 ……嫌がらせが原告矢野の自作自演であったという記載は真実ではない。

a (創価学会は『週刊現代』の記事が名誉棄損罪に当たるとして朝木直子らを刑事告訴した)しかし、東京地方検察庁八王子支部は、平成10年7月15日、同刑事告訴について不起訴処分とした。原告矢野は、同日、同支部に出頭した際、担当検察官が「十分な捜査の結果創価学会側が事件に関与した疑いは否定できないことから不起訴の処分を決めた」旨話しているのを聞いた。これは、創価学会による亡明代殺害に至る一連の嫌がらせが事実であることを示している。



 ここでは、「不起訴処分」の理由について検事が〈創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない〉と説明したことになっているが、矢野はこの裁判で上記の「事件」を〈亡明代殺害に至る一連の嫌がらせ〉として主張していたものと理解できる。矢野は「数々の嫌がらせ」があったことは東京地検の「不起訴処分」の理由からも明らかだから、『潮』が記載した「自作自演」は事実ではなく名誉毀損だと主張していたのである。

 たとえばこの地元記者が「自作自演と冷笑していた」という事件の中には、矢野が暴行されたとして未成年の少年を暴行犯として突き出したものの、嫌疑なしとしてすぐに解放された事件(「少年冤罪事件」)がある。この事件については、矢野はその後もこの少年が犯人であると主張し、民事裁判でも少年の潔白が認定されているという点からすれば「自作自演」とみられても仕方があるまい。

 さて『潮』事件で矢野は「不起訴処分」の理由について上記のように主張したが、東京地裁は記事が他の箇所で「嫌がらせが本当なのか作り話なのか、まったくわからない」と虚偽であるとまでは断定していない点を考慮して、地元記者が「自作自演と冷笑していた」とする記載について〈原告矢野が嫌がらせを自作自演したとの印象を与えるものではない。〉と認定した。

 名誉毀損性がないと判断したものに対してこれ以上検討する必要はなかった。『潮』事件で一審の東京地裁は、東京地検が「不起訴処分」とした理由に関する矢野の主張にはいっさい触れなかったのである。

主張が変遷した証拠

 一審で請求をすべて棄却された矢野は控訴し、矢野は控訴理由書で〈地元記者が「自作自演と冷笑していた」〉と記載した部分についてあらためて名誉毀損を主張するとともに、一審同様、「『嫌がらせ』等について東京地検が〈創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない〉という理由で『週刊現代』を『不起訴処分』とした」と主張した。

 控訴理由書で「不起訴処分」の理由に触れた箇所に付けられた見出しは〈「いやがらせの自作自演」部分について〉で、導入部分には〈控訴人ら(矢野ら)に対するいやがらせは実際に存在したものであり、「いやがらせ」が「自作自演」であったという記載は虚偽であり、真実ではない。〉と記載されている。したがって、ここに記載された東京地検の「不起訴処分」の理由にある「事件」が「いやがらせ」を指していることは明らかである。

 この控訴理由書は平成14年7月16日付で、東京地検を提訴した『創価新報』事件で矢野が〈(明代の転落死に関する東京地検の結論)とは正反対の捜査をしていただいた〉すなわち「『明代の転落死に創価学会が関与している疑いは否定できない』という理由で『不起訴処分』とした」と供述したのは同年10月7日である。東京地検の「不起訴処分」の理由について矢野は、自分が現認したといいながら、その内容は裁判によって異なっていることがわかろう。もちろん「不起訴処分」によって「捜査結果」が覆されたとする『東村山の闇』における主張とも異なっている。

 控訴理由書の提出からわずか4カ月後の平成14年11月13日、東京高裁は矢野の控訴を棄却する判決を言い渡した。判決で東京高裁は『潮』の記載についてこう述べた。

〈このことが直ちに控訴人の自作自演が存在することを断定するものではないから、……控訴人の社会的評価を低下させるものであると認めることはできない。〉

『潮』の記事は要するに、矢野らが「朝木明代は創価学会に殺された」と騒いでいるのは「空騒ぎすぎない」と主張するものである。すると、矢野が「不起訴処分」の理由について検事から聞いたとする内容が事実だとすれば当然、記事の趣旨とも重なる重要な事実と思う。しかし矢野が「聞いた」と言い募る「不起訴処分」に関する事実について、東京地裁だけでなく東京高裁も一顧だにせず、矢野の請求を棄却した。

 裁判所が言及しなかったことをもって、ただちに裁判所が「不起訴処分」に関する矢野の主張を否定したということにはならない。しかし重要なのは、矢野がこの裁判で、東京地検を提訴した『創価新報』事件とは異なる主張をしていたという事実である。矢野はこの裁判でも、「不起訴処分」の理由をそのときどきで自分の都合のいいように言い換えていた証拠を残したということになる。

 1つの事実に対する状況説明は常に1つしかない。それが自分の都合によって変遷するのは、その前提である事実が存在しないということと理解するのが社会の常識である。したがって『東村山の闇』における「不起訴処分」の理由(〈創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない〉)もまた、存在しない事実を自分たちの都合に合わせて記載したものといわれても仕方がないのではあるまいか。

(つづく)
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