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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『週刊現代』事件 第49回
都合のいい「解釈」

 矢野が『フォーラム』で主張した東京地検の「『不起訴処分』の理由」(「事件に創価学会信者が関与した疑いは否定できない」)がいかに矢野の主観的な、矢野に都合のいいものにすぎないかは、以下の矢野の供述からも明らかだった。



「事件に創価学会信者が関与した疑いは否定できない」に関する矢野の供述

創価学会代理人  ……『フォーラム』では検察官の話として、「告訴から年間、十二分に捜査した結果、創価学会側(信者)が事件に関与した疑いは否定できないということで、不起訴の処分を決めたんですよ」と書いてますね。

矢野  そのとおりで間違いないですよ。

代理人  「(信者)」というのはどういうことなんですか。

矢野  「(信者)」というのは、わかりやすくこれは創価学会側ということで、関係したのは直接的には信者さんですからね。……

代理人  検察官が「(信者)」という言葉をいったのかいわないのか。

矢野  「側」ということで理解しておりますが。

代理人  いったのかいわないのか。

矢野  だから陳述書に、「創価学会側が」というふうにお書きしてるんじゃないでしょうか。

代理人  「(信者)」という言葉は実際には出てないんですね。

矢野  あまり関係ないと思いますが。



 実際に「信者」という文言が入っていたのかいないのか、問い詰められた矢野は最後には論点をはぐらかすしかなくなった、という図であることがよくわかる。「創価学会側」というのと「信者」という文言が加わっているのとでは、当然、それが示す意味が異なってくる。前者は組織を指しているし、「信者」が加われば組織ではなく一会員を指すことになる。

 創価学会の代理人が問題にし、追及しているのは、どこまでが検事が説明した事実なのかということであり、つまりは矢野の主張の変遷そのものであると言い換えてもいい。自ら供述するように「信者」とはあくまで矢野の「理解」であり主観にすぎない。地検の「説明」とする部分に矢野の主観が堂々と含まれるということになれば、矢野のいう地検の「『不起訴処分』の理由」それ自体が自分に都合のいい「解釈」そのものだったのではないかと疑われても仕方がない。

 少なくとも上記のやりとりは、「『不起訴処分』の理由」に関する矢野の供述のうち、事実が存在するとすれば、それはどの部分なのか、あるいはそもそも事実が存在するのかという根本的な疑念を抱かせよう。社会の常識では、こういう事態に陥った時点で、その「証言」には信用性がないと断定されるのである。


「健康問題」という居直り

 矢野が主張する「『不起訴処分』の理由」が本当は矢野が主張するようなものではなかったことは、その後の尋問で矢野自身が自白してもいた。『フォーラム21』事件の尋問で別の創価学会代理人が、矢野が創価学会代理人を提訴した事件の判決について聞いたときのことである。



矢野の主張する「不起訴処分の理由」の軽さ

創価学会代理人  これは、本件の事件『フォーラム』事件の訴状の記載、それから○○弁護士の陳述書の記載が、あなたの名誉を毀損するとして提起した裁判の判決ですね。

矢野  だと思いますが、途中で私は控訴だったか何かした後、入院して手術をして状態が悪くて、弁護士さんとのコミュニケーションがうまくいかなくて、残念ながらそのままになりました。

代理人  あなたの方は控訴理由書も提出しない、口頭弁論にもあなたも来ない、代理人も来ないということで、一審でのあなたの主張に基づいた判決が下されてますね。

矢野  あきれましたけども、事情が私の健康の問題でしたからやむを得ないと思って、今はそういうふうな理解をしております。

代理人  ……あなたのこの訴訟に対するまじめさというか、そういうのが伺えないんだけども。

矢野  あなたですね、失礼ながらいわせていただきますが、人間が健康上の問題だといってるときに信用しないとか何とかっていうのは、おかしいんじゃないですか。出られないから出られないといったんです。



 最後は、主張内容を立証できない者の、いわゆる逆ギレというやつだろうか。

 ここで矢野は控訴理由書を提出せず、口頭弁論にも出頭しなかった理由が健康上の問題だったと主張している。しかし仮に矢野が入院していたとしても、弁護士が代理人としてついているのだから、口頭弁論の日程を代理人が知らなかったということはあり得ず、したがって第1回口頭弁論の前日になって期日変更を申し立てることもあり得ない。
  
 それにしても、仮に矢野が聞いたという「『不起訴処分』の理由」なるものが事実とすれば社会的にも明代の遺族にとってもきわめて重大な問題で、とうてい矢野個人の健康問題などと引き換えにできるものではない。東京地検の「結論変更」が事実なら、まさに「『不起訴処分』の理由」を聞いたとする創価学会の代理人を相手にし、「『不起訴処分』の理由」そのものが争点となっている裁判で矢野はこの重大な「結論変更」を最後まで裁判所に訴えるべきである。

 弁護士との連絡がうまくいかず「残念ながらそのままになりました」では、明代も浮かばれまい。にもかかわらず矢野は尋問で、東京地検の「結論変更」が矢野の健康問題によって十分に主張できない結果となっても「やむを得ない」といっているのだった。

 矢野のこの供述をどう理解すればいいのだろうか。つまりは最初からその程度の代物にすぎず、前後の状況と合わせて総合的に判断すれば「創価学会側が事件に関与した疑いは否定できない」などという話は口から出まかせだったといわれても仕方があるまい。

 矢野は『フォーラム21』事件でも東京地検の「結論変更」を立証するどころか、「創価学会側(信者)」へと検事の「発言内容」まで変遷させたことで、その主張に信憑性がないことをますます際立たせた。その上さらに別件判決のことを持ち出された矢野はついムキになり、矢野が聞いたとする「不起訴処分」の理由なるものが虚偽であることを自白したものと理解できよう。

(つづく)
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