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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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『聖教新聞』事件 第4回
被害者が「『事件』に関与」と断定

 矢野は『聖教新聞』に対する提訴と、新聞販売店に寄せられたクレームについては『草の根市民新聞』第3号(平成8年8月号)でもほぼ同内容の記事を掲載している(『草の根市民新聞』とは、『東村山市民新聞』が東村山市内限定であるのに対し、国政選挙や都議選などの場合のように、周辺地域にまで配布地域を広げる必要があるときに発行するビラで、実質が矢野の政治宣伝ビラであることに変わりはない)。

 同年10月には自民党が「天下分け目の決戦」と位置付けていた総選挙が目前に迫っており、自民党は新進党攻撃のために矢野らが主張する「創価学会疑惑」を最大限に利用していた。その総選挙に朝木直子が(殺された明代の)「弔い合戦」を掲げて立候補を予定していたのである。反創価学会票の獲得とともに、間接的な自民党への協力という狙いがあったのかもしれない。当時、矢野と自民党組織広報本部長(=当時)の亀井静香は蜜月関係にあった。

 ただこの『草の根市民新聞』では、提訴の内容については本家である『東村山市民新聞』よりも踏み込んだ見解を掲載していた。同誌は「編集後記」において以下のように主張していた。



 8月7日、創価学会関係者や洋品店の女店主らを提訴したことで、昨年以来、言いたい放題だった彼らにも、事件に関してどのような役割を果たしてきたのかを法廷で明らかにしてもらうことに。

 東村山警察の千葉英司副署長も被告です。

 法廷では、決め手もなく人を犯人扱いしたり、あたかも偽装工作をしただのと好き勝手にはいえません。

 憶測で漏らしたことを書いてくれる御用記者も法廷にはいません。いよいよ真相究明です。



「編集後記」には副編集長として朝木の弟の署名がある。その「見解」によれば、「創価学会関係者と万引き被害者が何かの『役割』を果たした」とし、千葉副署長は「憶測で明代を犯人と決めつけ、アリバイ工作したと断定した」と主張していると理解できる。東村山市外の有権者に「創価学会疑惑」をより印象付けるにはより強い文言が必要と考えたのだろうか。

 ただ弟は、明代が自殺を遂げた日の午後、弁護士との打ち合わせには行っておらず、自宅にいたことを証言するとともに、「警察を信用しています」と供述していたことがのちに明らかになっている。その供述が口から出まかせのものでないかぎり、万引き被害者が謀略に関与し、副署長が「憶測」で「明代と矢野はアリバイ工作をした」などと決めつけるような記事を弟が書いたとは考えにかった。

もう1つの不都合な事実

 さて、『聖教新聞』提訴後に発行したビラで矢野は、「『週刊現代』から取材は受けておらずコメントはしていない」と主張していることにはいっさい触れなかった。通常、有名週刊誌に掲載されたコメントがまったくの捏造だったということになれば、それ自体が社会問題となろう。また「矢野と朝木は『週刊現代』のハシゴを外した」と受け取る市民がいてもなんら不思議はない。

 したがって、「コメントはしていない」と主張している事実をビラに記載しなかったのは、矢野と朝木が『週刊現代』と対立、反目している事実を市民に明らかにすることは彼らのイメージにとってプラスにはならないと判断したということと理解できた。むしろ矢野としては、「『週刊現代』にコメントしていない」と主張している事実を裁判以外では隠したいというのが本音だったのではあるまいか。

 一般市民に対して「明代は創価学会に殺された」とするイメージを植え付けたい矢野と朝木には当時、表沙汰にすべきではないと考えていた不都合な事実がもう1つあったことがのちに明らかになった。明代の万引き事件当時から「草の根」事務所に出入りし、『週刊現代』が創価学会から提訴された直後の平成7年10月17日には、朝木側の関係者として講談社との打ち合わせにも同席していたジャーナリスト乙骨正生との関係である。

 本連載第1回で触れたように、矢野は『怪死』の記載内容の一部について「訂正を申し入れている」と述べ、その日の乙骨の態度に私はやや違和感を覚えた。しかしもちろんその時点で、彼らの間で具体的に何があったかなど知るよしもない。むしろ『怪死』は「明代の転落死は他殺である」「創価学会に疑惑がある」「警察の捜査は不十分である」などと主張している点においてみごとに矢野の主張を代弁したものだったから、彼らが強固な信頼関係で結ばれているという認識に変わりはなかった。

利用できるところは利用

 その認識を改めて確認したのは、矢野が同年10月20日に行われる総選挙の直前に発行した『草の根市民新聞』第4号(平成8年10月号)に掲載された記事だった。当然のように紙面はほぼ公明・創価学会批判で埋められていたが、彼らのビラとしては初めて乙骨の『怪死』を紹介したのである。

 記事は「議員殺害事件が本に」のタイトルで表紙の写真入りで3面の2分の1を割いていた。記事は『怪死』を次のように紹介している。



 創価学会ウォッチャーとして論陣を張っているジャーナリストの乙骨正生さんが、朝木明代・東村山市議殺害事件の本を出版した。その名は「怪死」。

 ディテールについては、注文もなくはないというのが遺族側の心情かもしれないが、事件の概要や「カルト教団・創価学会」の実態について、コンパクトにまとめられている。

筆者注=矢野の「書評」はたったこれだけで、以下は『怪死』のあとがきを引用)



 上記の矢野の文章の中で、乙骨が『怪死』を出版したという基本情報以外の「批評」部分(上記の第2段落目)をみると、後半部にほとんど中身のない肯定的評価が記載されている。一方その反面で、前半部では遺族に「不満」があったことをうかがわせる一節があえて付け加えられていることが注目される。注意深く読めば、この部分だけには内容(事実的背景)があることがわかるだろう。しかし当時、「注文もなくはない」という文言の意味がわかるのは、矢野と朝木以外にはおそらく乙骨だけだった。

 だから私も当時は、「注文もなくはない」という文言に深い意味があることになどまったく気づかなかった。むしろ矢野と乙骨の共闘関係の強さを感じたのだった。

 しかしのちに、この「書評」には複雑な利害が表現されていたことがわかる。きわめて恥ずかしい「噂」の存在などをそのまま記載された矢野と朝木としては、その内容を手放しで称賛することはできなかった。それが「注文もなくはない」という部分だった。

 ただ衆院選を控え、「明代は殺された」と主張する内容の本が出版されたことは朝木にとって有利な宣伝材料である。したがって、乙骨に対してはやんわりだが「問題の部分はけっして容認しない」という断固とした本心を示しつつ、利用できるところは利用したというのが、すべてが利害に基づく、この書評の特異な本質なのだった。
 
(つづく)
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