ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

『聖教新聞』事件 第5回
乙骨が立ち会った事実を否定

 矢野と朝木が『聖教新聞』を提訴した時点、すなわち乙骨が『怪死』を出版してから3カ月の時点で乙骨との関係がすでにそれまでのような全幅の信頼関係にあるというようなものでなくなっていたことを推測させる資料があった。『週刊現代』裁判で朝木が提出した小坂渉孝の陳述書である。小坂は彼らの支持者で、提訴の記者会見でも主催者側の1人として同席していた。

『聖教新聞』を提訴した訴状で朝木が「朝木明代の死亡に関して、(『週刊現代』が掲載したように)発言した事実は、一切ない。」と主張したことで、『週刊現代』裁判では相被告である講談社側と朝木側が激しく対立するに至った。講談社がコメントの存在を確認した最初の場面として主張したのが、平成7年10月17日、提訴された講談社側と朝木側が初めて弁護士を交えて行った会合でのやりとりである。

 そこで講談社の代理人は朝木に対していったいわないの争いにはならないこと、すなわち朝木と矢野がコメントの事実があったことおよびその内容に異議がないことを確認した。ところが『聖教新聞』提訴後、『週刊現代』裁判でも朝木はそのようなやりとりはなかったと主張するようになった。そこで講談社は朝木側の関係者として会合に立ち会っていた乙骨に証言を依頼。乙骨は講談社側の主張を認める証言を行っていた。

 つまり、朝木が講談社に対してコメントの存在を認めたかどうかに関して、乙骨は朝木と対立する立場に立ったということになる。朝木側はこの乙骨の証言に反駁する目的で小坂の陳述書を提出したのである。その内容は朝木がコメントの存在を認めた事実があったか否かという単純な事実関係にとどまるものではなかった。

 小坂は陳述書で乙骨の証言を否定したが、その根拠は普通ではなかった。小坂は、その会合に乙骨は出席していなかったとすることで乙骨の主張を否定したのである。もちろん朝木と矢野も、乙骨が出席していた事実を否定していた。小坂の供述によれば、乙骨は朝木がコメントの存在を認めたという事実だけでなくその会合に出席していたという事実まで捏造していたことになる。

 乙骨の証言は『週刊現代』における朝木のコメントがあったことを裏付けるものである。したがって朝木からすれば、乙骨の証言が否定されれば『聖教新聞』との裁判を有利に進めることができるというわけだった。

提訴されていた乙骨

 陳述書はその人物が実際に見たり聞いたりした事実について述べるものである。ところが小坂の供述は、事実に対する「証言」を超えて、乙骨が「嘘をついた理由」についての憶測に及んでいた。小坂は次のように述べている。



(小坂が述べる乙骨が偽証した理由」)

 乙骨さんは当時も「週刊現代」から仕事を貰っているという話をしていましたし、その関係もあって、事実でないことを言っているのだと思います。また、乙骨さんは、その後、朝木議員の殺害事件に関する「怪死」という本を出版しましたが、その内容が遺族や矢野議員に対して配慮を欠いたものだったので、裁判所で本の記述内容の訂正が決まったので、朝木議員の遺族に対してこのことを根にもっていて、講談社のために事実でないことを言っているのではないかと思います。



 いかに乙骨が『週刊現代』と仕事上の関係があったとしても、他の証言や事実経過からして、少なくともこの件に関しては、乙骨が講談社と結託して事実を捏造しようとしたとは考えられなかった。朝木のコメントが存在した事実を裁判所が認定していることからも、乙骨が会合に立ち会っていたこと、およびその場で朝木のコメントの事実が確認されたとする乙骨の証言は事実であるとみていいだろう。

 さらに小坂が推測するもう1つの理由には興味深い事実が記載されている。『怪死』の記述をめぐり乙骨が矢野らから訴えられ、裁判所で訂正することを認めたという事実である。私が矢野から聞いた箇所(「明代がアリバイのレシートを頼んだ際に食事の内容を間違えた」とする箇所)以外に訂正させられたと聞いたのは次の箇所である。



〈朝木さんに対しても、「万引き常習者」だの「家族揃って万引きをしている」などと、それこそ根も葉もない誹謗中傷が執拗に加えられているが、そうした誹謗中傷の極めつけにあるのが、W不倫情報。〉(筆者注=続く一文も削除対象と思うが、あまりにも生々しい内容なので割愛した)



「家族揃って万引き」にしても「W不倫」にしても、乙骨はそれが「誹謗中傷」にすぎないと否定しているのだが、それでも〈遺族や矢野議員に対して配慮を欠いたもの〉と判断されたということらしい。それもただ口頭で苦情を述べたというのではなく、裁判所を通して訂正を申し立てたというのだから、矢野や朝木にとって並大抵のことではなかったということと理解できよう。

弱音を吐いていた乙骨

 いずれにしても、矢野らが『聖教新聞』提訴の記者会見をした当時、乙骨はすでに矢野と朝木から提訴され、訂正要求を受け入れていたことは間違いない。また『怪死』の出版からしばらくして、乙骨の知人から私は次のような話を聞いた。乙骨は本まで出したにもかかわらず、「『もう東村山には行きたくない』といっている」というのだった。

『聖教新聞』提訴の会見場で見た乙骨があまり乗り気がなさそうに見えた理由も、「もう東村山には行きたくない」と知人に漏らした理由も、彼らから提訴されたことに起因していたのではないかという気がする。裁判所に持ち込んだほどだから、矢野らのクレームは相当に強硬なものだったと理解すべきだろう。矢野は『草の根市民新聞』第4号で〈議員殺害事件が本に〉と題して『怪死』を持ち上げたが、水面下で、乙骨は矢野と朝木からいやというほど締め上げられていたのである。

 しかし、いかに裁判所で訂正を命じられたからといって、乙骨が客観的証拠によってではなくそのことを根に持って講談社を利するために虚偽の証言をしたとまで断定するのは、乙骨が私怨によって客観的事実を曲げる人物であると断定するに等しく、著しい人格攻撃にほかならない。のちに『週刊現代』裁判の尋問で朝木もまた、乙骨が立ち会っていた事実を否定した。乙骨が彼らからどれほどナメられていたかがよくわかるのではあるまいか。

(つづく)
関連記事

TOP