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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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『聖教新聞』事件 第6回
崩れた信頼関係

 平成8年5月に乙骨正生が出版した『怪死 東村山女性市議転落死事件』は、警視庁の結論に反して「朝木明代は創価学会に殺された疑惑がある」と主張するもので、内容の一部に「遺族や矢野議員に対して配慮を欠いたもの」(小坂の陳述書による)があったとしても、総合的に見れば矢野と朝木の主張に沿うものである。実際に、矢野の主張する「万引き冤罪」と「他殺説」を宣伝するのに大きな役割を果たしたことは間違いないと思う。

 また『週刊現代』が提訴された際に、朝木側の関係者として講談社との打ち合わせに立ち会うなど、(矢野の辞書に通常の「信頼関係」というものがあればの話だが)当初は矢野からも一応信頼されていたようにみえる。しかし、『怪死』の内容の一部が矢野の逆鱗に触れたらしく、それ以降、矢野らに対する乙骨の信用は著しく失われたようである。

 もちろん矢野と朝木がそのことをメディア等で公言したことはない。それを明らかにすれば足元を勘繰られかねず、明代の「他殺説」を宣伝する上においてもマイナスにしかならないからである。

 乙骨が裁判所で『怪死』の訂正を約束させられたあとも、乙骨に対する矢野の信頼が回復していたわけではないようだった。それを実感させる出来事があった。

『文藝春秋』での反論

 矢野は平成9年1月に発行したビラで、あたかも東京地検が再捜査を開始したかのような、すなわち警視庁の「自殺」であるとする結論が揺らいでいるかのような記事を掲載したが、平成9年4月14日、東京地検は記者会見を開き、「自殺の疑いが濃い」と警視庁よりもさらに踏み込んだ表現で「他殺説」を否定した。

 東京地検発表にショックを受けたのは矢野と朝木だけではなかった。その1年前に『怪死』を発行してさまざまな「疑惑」を指摘し、あとがきで奇特にも〈私は死の真相の解明はこれからだと思っている。〉〈事件の全容と真相が解明される日が来るものと固く信じている。本書がその一助となれば執筆者としてこれにすぎる喜びはない。〉と書いた乙骨もそうだった。

 朝木が「幸福の科学」のインタビューで述べたように、〈「自殺」と「万引き」は表裏の関係にある〉。したがって、地検が明代の死を「自殺」と結論付けたということは、明代の「万引き」も事実だったと認定したことを意味するのである。

 これに対して乙骨は、『文藝春秋』平成9年7月号(特別企画「25の未解決事件……」世紀末にっぽん怪事件列島)なる特集の中で1本の記事を執筆して反論した。タイトルは〈続出した創価学会がらみ事件。東村山市議の死を追って〉というものである。乙骨は東京地検の「自殺の可能性が濃い」とする結論に対して「この事件を当初から取材している1人として納得できない」とプライドをのぞかせる。当初から矢野・朝木のそばにいて「取材」を重ねた自分の方が真相を熟知しているとでもいうみたいに。

 この記事における乙骨の最大の主張点は、東村山署が「自殺」と判断した根拠のうち、第1発見者が明代に「救急車を呼びましょうか」と問いかけたのに対して、明代が「いいです」と救急車を断った点に対する反論だった。乙骨は大仰に〈この東村山署の理由には、決定的な誤謬がある〉として次のように主張している。

〈この点は、犯罪性の有無を左右しかねない重要なポイントなので、証言した現場1階の「モスバーガー」店長に、私を始めとするマスコミ陣は2度、3度と確認を求めた。その結果、店長は……「朝木さんに『救急車を呼びましょうか』とは問いかけていない」と明確に答えているのである。〉

 東村山署が明確に第1発見者との会話として発表しているにもかかわらず、乙骨が持ち出してきたのは「店長」だった。第1発見者はアルバイト店員であって店長ではない。したがって、明代との間で「救急車を呼びましょうか」「いいです」との会話があったかどうかを店長に聞いたところで意味がないのだった。

「第1発見者」を混同

 では乙骨はその時点でもまだ第1発見者は「店長」だと思い込んでいたのだろうか。だとすれば、そのこと自体、取材に不備があったことになるが、そうではなかった。乙骨は『怪死』の中で〈事件後、直子さんは知人の紹介で第1発見者のアルバイト店員と接触している〉と記載し(筆者注=朝木はこのアルバイト店員をなじりに行った。「明代が救急車を断った」とする証言に難癖をつけようとしたものとみられる)、さらに〈私をはじめとするマスコミ陣も、第1発見者のアルバイト店員および第2発見者である「モスバーガー」店長に直接取材を試みたが……〉と書いていた。つまり乙骨は第1発見者が店長ではなくアルバイト店員であることを知っていたのである。

『文藝春秋』に検察への反論を執筆した時点で、乙骨が単純に第1発見者が店長であると勘違いしていたのか、あるいは第1発見者は店長ではないと知っていながら店長を第1発見者にでっち上げたのかはわからない。しかしいずれにしても、ここで乙骨がいう〈東村山署の決定的誤謬〉なるものは単純に事実に反しているのみならず、自らの記事とさえ矛盾しているのである。

 自ら「犯罪を有無を左右しかねない重要なポイント」といっているにもかかわらず第1発見者を誤っている時点で、すでにこの記事が反論の体をなしていないお粗末きわまるものであるのは明らかである。ところが、自らの矛盾にも気がついていないらしい乙骨は記事の末尾でこう泣き言を述べていた。

〈東京地検ならびに東京地検八王子支部は、私の取材申し込みに、いっさい応じてはくれなかった。〉

「取材に応じないのは都合が悪いからだ」とでもいいたかったのか。しかし「第1発見者」を間違えているようでは、仮に東京地検が相手にしてくれたところでわざわざ恥をさらしに行くようなものだったろう。むしろ乙骨は、東京地検が取材に応じてくれなかったことに感謝すべきだったのではあるまいか。

 ところで矢野は、乙骨のこの記事をどう評価していたのか。矢野に直接感想を聞く機会があった。矢野は私の質問に一言だけ突き放すようにこう答えたのである。

「情けない記事だ」

 何が「情けない」といったのかはわからないが、その言葉から、乙骨を少しでもフォローしようとするような様子はみじんも感じられなかった。

(つづく)
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