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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『聖教新聞』事件 第7回
「2人してレストランに」

『週刊現代』裁判で朝木直子は「取材を受けておらず、コメントはしていない」として、同誌に掲載されたコメント(「朝木明代は万引き犯にみせかけられて殺された」=趣旨)の内容について真実性・相当性の主張・立証をいっさいしなかった。「取材は受けておらず、コメントはしていない」と主張していることからすれば、そのこと自体には一応の合理性があった。

 しかし『聖教新聞』裁判で、矢野は積極的に明代が「万引きを苦に自殺」したものではないことを主張している。捜査機関の結論に反するその主張はもちろんこの裁判でも排斥されたが、この主張の中には矢野のさまざまな狡知がめぐらされていた。

 これから矢野の狡知がどのようなものかを見ていこうと思うが、その前に万引き事件とアリバイ主張についての基本情報をあらためて確認しておこう。

 東村山市議だった朝木明代が万引きを働いたのは平成7年6月19日午後3時15分ごろのことである。明代と矢野は「この時間帯にはレストラン『びっくりドンキー』で食事をしていたからアリバイがある」と主張して、万引きを否認した。

 取り調べにおける明代の主な供述内容は以下のとおりである。



(取り調べにおける明代の主な供述)

第1回取り調べ(平成7年6月30日)


 犯行は否認したが、アリバイの主張はせず。「多忙」との理由で約35分で終わり、調書の作成はできなかった。

第2回取り調べ(平成7年7月4日)

「矢野さんからいわれてアリバイを思い出した」として、「6月19日午後2時30分ごろから同3時21分ごろまでレストランで矢野と食事をしていた」と供述し、レストラン「びっくりドンキー」の「レギュラーランチ」のレシートを証拠として提出した(その前日、矢野と明代が警察に来て、アリバイの証拠としてそのレシートをすでに提出していた)。

 なお、明代はまた、レストランに行った経路について次のように供述した。

「矢野さんと市役所を出て銀行に立ち寄り、2人して自転車で一緒にレストランに午後2時30分ころ着いた」

筆者注①=「アリバイを思い出した」のが取り調べを受けた明代本人ではなく矢野だったという点については矢野自身が本件裁判の尋問で「最初、私が思い出したですね」と供述しているから、「アリバイ」が明代ではなく矢野から出たものであることが確定している。「アリバイ」が実際に存在したのならそれは「思い出した」ことになるが、「アリバイ」が存在しなければ「記憶違い」か「作出されたもの」ということになる。しかしその後、明代は東村山署で「矢野が思い出したアリバイ」を何度も主張しているから「記憶違い」である可能性を自ら否定している)

筆者注②=明代の供述では、市役所からレストランまでの経路は、途中銀行に立ち寄っただけで、他に立ち寄り地はなく、明代はレストランまで矢野と行動を共にしたことになっている)

第3回取り調べ(平成7年7月12日)

 第2回取り調べで提出したレシートのメニューについて「ハンバーグ、ポテト、ブロッコリー、コーン、ライス」と詳細に説明。そのレシートおよび、レストランの見取り図に座った席の位置を記入したもの、さらにその前に立ち寄った銀行の取引明細のそれぞれに日付と署名をし、アリバイの証拠として提出した。その段階で取調官が調書の内容に間違いないか確認すると、明代は「間違いない」と同意した(千葉の陳述書による)。

(そこで、調書に署名を求めたところ、明代が「この件はどうなりますか」と質問したので取調官が「書類送検する」と答えたところ、明代は「アリバイがあるのにどういうことか」などと怒りだした。取調官がレシートの矛盾を追及すると、明代は「今日の調書はなかったことにしてください」「もう1度調べさせてください」といって、調書に署名しないまま取調室から退室してしまった。東村山署は同日、明代を窃盗容疑で東京地検八王子支部に書類送検した。)



 明代は最後の取り調べの調書に最終的に署名しなかったが、当初は調書の内容に同意していた。ところがアリバイの矛盾を指摘されるや、署名を拒否したという流れであることがわかる。明代は取り調べで矢野と食べたメニューが「レギュラーランチ」(「日替わりランチ」ではない)だったと供述していたのである。

ニセの証拠に署名

 この日の調書には署名・捺印はない。矢野と朝木直子はこのことをもって「捏造だ」などと主張している。しかし明代は7月12日に「レギュラーランチ」のレシート、見取り図等に同日の日付と署名をして証拠として提出している。それらの「証拠」は供述内容を裏付けるものとして提出されているのだから、調書に署名がないからといって調書の信用性に影響を与えるものではない。

 なお、明代は取調室を退出する際、「もう1度調べさせてください」といったが、書類送検された明代がその後2度と別の「アリバイ」の証拠を持って東村山署に来ることはなかった。その替わりに、矢野とともに東京地検八王子支部に対して「食べたのは『レギュラーランチ』ではなく『日替わりランチ』だった」とする内容の上申書を提出したのである。

(つづく)
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