ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

プールマン

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

『聖教新聞』事件 第10回
変遷重ねたアリバイ主張

「アリバイは裁判で明らかにします」とコメントした明代の本心は、東京地検から呼び出しがあった8月29日以後の、「あいさつしても返事がなく、元気がない様子だった」という知り合いの目撃情報に現れていよう。よく挨拶を交わしている知人が、明代はいつもと違い、一見して「元気がないように見えた」とはよほどのことである。

 ただ当時、明代には本心とは別に、対外的にはどうしても強気を装わなければならない事情があった。上記コメントが掲載された『週刊ポスト』の発売時期と重なる平成7年7月26日、明代と矢野はそれぞれ、「レギュラーランチ」から「日替わりランチ」へとメニューを変更した新たなアリバイを記載した「上申書」を東京地検八王子支部に提出していたのである。それが矢野と明代の「裁判で明らかにする」というアリバイだった。

 千葉によれば、2人の上申書の内容は、万引き事件に関する部分についてはほぼ一致しているものの、アリバイのメニューなど東村山署で明代が供述した内容とは食い違いがあった。さらに矢野は『聖教新聞』裁判で「万引きを苦にした自殺」を否定する陳述書を提出している。ところがアリバイ主張に関して、陳述書の内容には上申書の記載内容と矛盾する記載があった。

 つまり、アリバイ主張に関して明代と矢野は、取り調べにおける主張、上申書における主張、陳述書における主張と3度の主張を行ったが、そのたびに事実関係の主張に変遷がみられるということだった。事実関係について主張の変遷がある場合には、その変遷に合理的理由や事情が認められないかぎり、主張自体の信用性に疑問があると判断されることが多い。

 では、矢野の主張の変遷には合理的理由があると判断できるようなものだったのだろうか。

明代の供述を否定した矢野

『聖教新聞』裁判で矢野が明代の「万引きを苦にした自殺」を否定する陳述書を提出したのは平成11年5月31日である。矢野は明代のアリバイについて、平成7年6月19日の行動から述べている。ところが「びっくりドンキー」にたどり着く前に早くも明代の供述と食い違いが生じている。明代は取調室で「矢野さんと2人してレストランに行った」と供述した。しかし矢野は、この明代の供述がなかったかのように、次のように供述していている。



(レストランに行くまでの状況に関する矢野の供述=矢野陳述書)

(午後2時過ぎに市役所を出たあと一緒に自転車で向かい)その途中、朝木議員は、丸西青果市場のところで、私と一旦わかれました。私は、この事実をはっきりと記憶しています。

 私は一足先にレストランに向かい、朝木議員は、東村山市民新聞の折り込み代金を振込みするために、東村山駅近くにある北海道拓殖銀行東村山支店に立ち寄り、その後、事務所に寄って、……レストラン「びっくりドンキー」で合流することにしたからです。



 千葉によれば、明代も東京地検に提出した上申書で「銀行振込をするために矢野といったん別れた」と供述を変遷させている。明代が東村山署に提出した振込用紙には振込時刻が午後2時12分と記録されていた。明代の上申書によれば、その後明代は「事務所にいったん立ち寄った」というのである。

 なんでも明代は「分厚い東村山市の『例規集』2冊と『自治六法』」を事務所に置いたという。そんな重い本を持っていたのでは邪魔だからいったん事務所に立ち寄ったということらしかった。自然な行動だといいたいようである。いずれにしても、少なくともこの時間帯には、明代は万引き現場にいなかったことになる。

 さらに明代が「矢野と別れて事務所に立ち寄った」と変遷した点に関して、矢野は明代が取り調べで供述しなかった事実を主張していた。矢野はレストランで合流したあとで、明代から「事務所の留守番電話のテープのA面が巻ききっていたので、A面をB面に裏返しておいた」と聞いたという。千葉によると、この点について、明代も上申書で同様の供述をしている。

 なぜそれが事実であるといえるかというと、あとで留守録のテープを再生してみると、B面の最初のメッセージは午後2時41分と記録されていたからであると、矢野は供述していた。ただ万引き事件が発生したのは午後3時15分ごろだから、「明代が事務所に立ち寄っていたこと」と「テープに残された最初のメッセージの時刻」はアリバイ立証とは何の関係もないように思える。

細部にこだわった矢野

 それにしてもなぜ矢野は明代が「事務所に立ち寄っていたこと」にそれほどこだわるのだろうか。「午後2時41分」に留守電が入っていたという記録は明代が事務所にいなかったことを推認させる材料でこそあれ(断定はできない)、万引き事件のアリバイを主張する者としては特に有力な証拠でもない。しかし矢野は陳述書で、明代が銀行振込のあとで事務所に立ち寄っていたとする事実について次のように力説しているのだった。

〈つまり、右の振込明細書と留守録テープによって、問題の6月19日午後、朝木議員が「びっくりドンキー」に向かう前に、事務所に一時立ち寄った時刻は、午後2時12分から午後2時41分の間であったことが判明しているのです。〉

 どう考えても、事務所に立ち寄った時間帯を特定することはアリバイの立証には結びつかない。すると矢野が(明代も)、明代が銀行振込をしたあとで事務所に立ち寄ったとしているのは、明代がその後にレストランに向かい、矢野と合流したとすることによって、市役所を出たあと2人でレストランで食事をしていたという彼らの主張する時系列全体にリアリティーを持たせようとしたものと考える以外にないようである。

 矢野がアリバイを「レストランで食事をしていた」という事実によって主張しようとしていることに変わりはなかった。ただ、明代が事務所に立ち寄ったのが仮に事実だったとしても、アリバイ立証とは何の関係もないのが弱みだった。誰からも文句の出ないアリバイの証拠を提示できるのなら、事務所に立ち寄った時刻などにこだわる必要はないのである。

 むしろ矢野の供述は「2人して行った」としていた当初の明代の供述から変遷しているのは明らかで、矢野が計算したようなリアリティーを持たせることはできなかった。またアリバイ主張の上で明代が事務所に立ち寄ったとする時間帯と行動経路を確定させてしまったことは、その後に時系列上の矛盾が生じた場合には修正がきかない状況を作り上げてしまったということでもあった。

(つづく)
関連記事

TOP