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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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右翼が再開した「東村山デマ」街宣  その2
「内部告発」を信じた右翼M

 平成20年9月1日に行われた東村山駅前における街宣活動で、「行動する保守」Aを除く主要な参加者(西村修平、右翼M、桜井誠)と支援者らの、「内部告発」や矢野、朝木が発信したデマに対する盲信と高揚ぶりは、千葉らが最も警戒していた事態を引き起こした。「行動する保守」Aや西村らの演説が一段落したとき、興奮した右翼らが万引き被害者の店に向かったのである。右翼らは被害者の店を取り囲むように結集し、ハンドマイクで犯罪者呼ばわりし、あるいは口々に罵声を浴びせた。

 誹謗中傷だけでなく行動によって憎悪をぶつけようとしたのは右翼Mである。右翼Mは店内に押し入ろうとしたのだった。店内で警戒していた元副署長の千葉英司が右翼Mの侵入を阻止したが、千葉がいなければ、右翼Mはそのまま店内に侵入し、万引き被害者に直接的な新たな被害が及んでいたことは間違いなかった。

 右翼Mはのちに、「行動する保守」Aのいう「内部告発」を信用したと述べている。すると店主に直接危害を加えようとした右翼Mの行為は、「行動する保守」Aの「内部告発」話に起因していたといってもいいのではあるまいか。「行動する保守」Aの街宣内容を裏付けもないまま鵜呑みにしたこと自体が軽率であり、不明そのものだが、いずれにしても当時、「真相を究明する」と称する街宣活動に参加した者はすべて「行動する保守」Aのいう「内部告発」を信じていた。

 ただ、「警察官による内部告発があった」と「度肝を抜く」新情報を公表した当の「行動する保守」Aはどうだったのか。

 東村山における街宣のあと、「千葉は『他殺』の事実を隠蔽した」などと主張した西村修平、右翼Mらが相次いで提訴され、裁判では「明代の転落死が『謀殺』で、千葉が事実を隠蔽したかどうか」が争われた。矢野と朝木は最初の西村の裁判ではすでに自分たちの裁判で「他殺」の証拠とは認められなかった書証を提供したものの、やはりこの裁判でもすべて排斥された。

 右翼Mが最後に頼りにしたのは「行動する保守」Aの「内部告発」だった。支援者も、重鎮はなぜ「内部告発」の裏付けを確保し、仲間を助けないのかと思っていたのではあるまいか。しかし、「行動する保守」Aが最初に「警察官による内部告発があった」と演説してから3年後、右翼Mがどうなったのかと直接尋ねると、「行動する保守」Aは「調査を継続している」と回答したという。

 右翼Mは法廷で意に沿わない判断をした裁判官を追いかけるという醜態をさらしたが、「行動する保守」Aが「内部告発」の裏付けを提出していれば、右翼Mもそこまで取り乱すこともなかったのではあるまいか。結局、「行動する保守」Aは「内部告発」そのものについても、またその具体的な証拠もなんら提供せず、西村に続いて右翼Mも敗訴の憂き目をみることになったのである。

「行動する保守」Aが右翼Mに対して「調査を継続している」と答えてから6年になろうとしているが、それについての回答はどこにも公表されないままである。これでは当時「行動する保守」Aが「内部告発」について調査をしていたのかどうかさえも知れたものではなかった。右翼Mは適当にあしらわれていたのではなかっただろうか。

 なお、平成26年9月15日現在、「内部告発」を信じた右翼Mは千葉に対して損害賠償金を1円も支払わないというアウトローぶりであり、西村修平は千葉と私に対する損害賠償金をいまだ支払い終えていない。

 ついでながら、西村の私に対する債務残高は5万円余になった。しかし最近は平成25年10月に3000円、平成26年2月に3000円と小刻みに支払われたきりで、その後は度重なる督促にもかかわらず、なんらの回答もない。「法律には従う」といっていたのだが、どうしたのだろうか。

すべて嘘だった「内部告発」

 さてその後、「行動する保守」A自身も千葉から提訴され、「内部告発」の事実について説明しなければならなくなった。すると「行動する保守」Aは平成23年4月7日に提出した陳述書で、問題の「内部告発」について次のように供述したのである。



(「内部告発」に関する「行動する保守」Aの供述)

〈私が朝木さんの事件で、あれは殺されたのではないですか?と聞いたところ、警察官は次のように話をしました。

「当時現場近くで怪しい3人が目撃をされており、捜査が進むものと思ったが、上の方(検察)がやる気をみせないのでそのままになってしまった。後でその検事が創価学会員だと分かったので、上の方に圧力がかかったのかも知れないと当時聞いた。」

 との話を伺いました。〉



「行動する保守」Aは当初、事実を直接見聞した警察官から聞いたと述べていた。ところが陳述書では、「行動する保守」Aが話を聞いたという警察官は直接見聞したのではなく、その警察官もまた誰かから聞いた話を「行動する保守」Aに話しただけだった。その警察官が誰から聞いたのかもわからないし、聞いた時期も事件直後ではなく、「後で」聞いたものであるという。「内部告発」といっても、これでは話の出所をたどることは不可能で、したがって裏付けを取ることなどできるはずがなかった。

 つまり「行動する保守」Aは、「内部告発」なるものが、誰が見聞した話か見当もつかない与太話のたぐいにすぎないにもかかわらず、事実を見聞した本人から聞いたものとして演説していた点で重大な嘘をついていたことが明らかだった。私に対しても「(『内部告発』をした警察官に直接)会った」と答えたが、これももちろん嘘だったのである。「行動する保守」Aは、「内部告発」が裏付けのない話であるのみならず、それを聞いたとする状況まで偽っていたことになる。

「行動する保守」Aはその結果、多くの仲間を相次いで損害賠償を支払わされる状況に追い込んだ。しかし、「内部告発」という大嘘をついていたことについて謝罪をしていない。

 その「行動する保守」Aが、「内部告発」なるものが与太話だったことを自白してから3年後の平成26年8月31日、再び東村山駅東口において、朝木明代の転落死について「真相究明を求める」とする街宣を行った。「行動する保守」Aは、自分が仲間を騙したことについてもうほとぼりが冷めたとでも考えたのだろうか。そうでもなければ、こんな街宣は普通では恥ずかしくてできるものではない。

(つづく)
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