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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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右翼が再開した「東村山デマ」街宣  その9
満を持して登場

「行動する保守」Aは弟子と若手による街宣のあと、満を持して登場した。そのころ、足を止めて聞く聴衆の数は街宣が始まった当初よりもだいぶ増えていた。

「行動する保守」Aは冒頭、創価学会が「ヨーロッパでカルト指定を受けている」として創価学会がカルト宗教であると断定し、朝木明代について「公明党・創価学会を厳しく追及していた」と紹介。その上で、明代の転落死について次のように紹介した。

「この方は19年前に東村山市の駅前から転落死しました。そのことについてはこれまで『創価学会によって殺されたのではないか』とかテレビでも報道されましたけれども、確かな証拠はなくてですね……」

「創価学会が関与したかのような報道」があったことは事実だが、捜査機関は「万引きを苦にした自殺」と結論付けているのであって、それどころか捜査の過程で創価学会の関与が疑われるような要素はなんら出てこなかった。これが上記の「確かな証拠はなく」という発言の本来の意味である。

 ところが「行動する保守」Aは卑劣漢らしく、捜査機関の捜査結果についてはいっさい触れず、「創価学会が関与したかのような報道」があった事実と「確かな証拠はなく」という事実を直接つなげただけで、報道内容を否定しなかった。「創価学会によって殺されたのではないか」という言葉のイメージを印象付けようという狙いであることは明白である。「行動する保守」Aが冒頭で「創価学会はカルト宗教だ」と断定している点からしても、このくだりはむしろ逆説的に「創価学会が関与した証拠は発見されてはいないが、どこかにその証拠は必ず存在する」と主張しているように聞こえよう。

踏み込んだ重鎮

 聴衆にそう印象付けておいて「行動する保守」Aはこう続けた。

「だが現在、驚くべき裁判が行われております」

 と。「だが」とは、「確かな証拠はなく」という前言を否定し、「証拠の発見」を期待させるものである。具体的には何か。それが東村山街宣でも述べた、「香川大学教授が『創価学会が雇った暴力団員が朝木明代をビルまで拉致し、脅かそうとしていたら、誤って落としてしまった』という話を聞いた」という話だった。

 ここまでは通常ではにわかに信じられないような話である上に、「行動する保守」Aのこれまでの街宣ではその出所もわからない代物で、「行動する保守」Aの「内部告発」同様の与太話のたぐいとみられた。ところが「行動する保守」Aは、「出所不明の与太話」という論評がよほどいやだったのか、香川大学教授の伝聞の出所をついに明らかにしたのである。

 香川大学教授はその「出所」から直接聞いたのではなく「創価学会幹部」から聞いたことになっており、教授の話が「伝聞の伝聞」であることに違いはない(すると、「行動する保守」Aの話は「伝聞の伝聞の伝聞」ということになる)。しかし、「伝聞の伝聞」の「出所」が明らかになったとなれば、法廷では通用しないものの、「伝聞の伝聞」だからといって軽視することはできない。「行動する保守」Aは香川大学教授の「伝聞の伝聞」の出所について次のように述べた。

〈「朝木議員のことは、自殺として処理するから、ほとぼりが冷めるまで身を隠せ」と、そういうふうに暴力団に命じた、と。そしてその暴力団に命じたその男の名前はですねえ、創価学会の○○(筆者注=部署と実名)氏である、こういうふうにはっきりとですねえ、……証言として……これを提出した。〉

 力を込めてこう明らかにしたあと、さらに「行動する保守」Aは「暴力団に指示をした」この幹部は「今もまだ創価学会本部で職員として働いている」と述べたのである。

 あたかも明代の転落死に関して、これまで秘匿されてきた新事実が明らかになったかのようだった。ただ、仮にこの「幹部」が公の場に出てきて同じ証言をしたとしても「伝聞」であることに変わりはなく、証拠能力は乏しいと判断されよう。その証言に出てくるはずの「暴力団」が確認可能な人物なら事実の検証も可能でないとはいえまい。しかしその「暴力団」の「証言」が取れたとしても、さらにその内容が事実であるという証拠が必要となろう。

 香川大学教授の「伝聞の伝聞」から事実をたどるにはかなりの困難な過程を要する。この教授にしても法学部の教授だから、それぐらいのことは承知していよう。教授が裁判所に提出した陳述書にそう書かれていたからといって、それがただちに新事実だと断定するには相当気が早いのである。つまりここまでの「行動する保守」Aのはしゃぎっぷりは、「真相究明」にはほど遠いという意味であの有名な「内部告発」のときとなんら変わりがないことになる。

「内部告発」の際には結局いつまでたっても「真相」を明らかにしなかったことで「行動する保守」内部からさえ顰蹙を買い、ついには情報の出所にたどり着けない「伝聞の伝聞」だったことを自白するに至り、「行動する保守」Aは多くの支援者を落胆させた。「行動する保守」Aには教授の「証言」によって失われた信頼を取り戻したい思いもあるのだろう。「内部告発」の内容とは共通点がないこともなく、教授の「証言」が真実と証明されれば、「内部告発」の内容もあながち嘘ではなかったということになり、それを信じた重鎮の判断も、軽薄どころか「さすがに見る目があった」と讃えられる可能性だってないとはいえない。

素っ気ない対応

 そのためには、その「創価学会職員」に公の場で証言してもらう必要があろう。いきなり当事者は無理としても、順序として香川大学教授に街宣に参加してもらい、あらためて証言してもらうという手もあろう。

 その際には少なくとも、千葉が質問した項目のうち、「証言の裏付けを取ったかどうか」「9年間も公表しなかった理由は何なのか」も明らかにしていただきたいものである。もちろんその点については、人間関係を結んでいる「行動する保守」Aから聞いてもらってもいいだろう。

 いずれにしても街宣でここまで主張した以上、「やっぱり最終的な当事者(=すなわち暴力団)には会えませんでした。したがって今回も『真相究明』はできませんでした」ではすまない。国会に席を置くジャーナリストでもある「行動する保守」Aがいかにして「真相」に迫るのか。

 街宣が終わり、支援者たちとの挨拶が一段落着いたのを見計らって、私は「行動する保守」Aに聞いた。

「当事者の名前が具体的に出たということは、今後は○○さん(「行動する保守」Aが名指しした「創価学会職員の名」)を引っ張り出して証言してもらうということですね」

 すると「行動する保守」Aは面倒くさそうに私の方に顔を向けたが、やはり何も答えず、手で「シッ、シッ」と私を追い払った。「内部告発」の際には「内部告発者に直接会ったのか」という私の質問に対し、ハッタリだったとはいえ、「行動する保守」Aは自信満々の様子で「会ったよ」と即答したものだった。

 それに対して今回は、「行動する保守」Aは私に対して「当然だな」とはいわず、自信ありげな素振りもみせなかった。

 支援者たちが重鎮の対応をどうみたかはわからない。しかし私の脳裏にはこんな疑念がよぎった――。

「もしかしたら『行動する保守』Aは、当事者を引っ張り出す自信がないのだろうか」

(つづく)
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