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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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東村山市議会傍聴記(平成26年12月-2)
再び出てきた「越境通勤市議」

 この日の一般質問は、かつて朝木明代の万引き事件でアリバイ工作を共謀した今はなき「草の根市民クラブ」の矢野穂積(「東村山を良くする会」=代表・奥谷浩一)、の質問に注目していた。矢野は「東村山市議会に越境通勤市議がいる」とする内容の通告書を提出していた。

 名指しこそしていないが、矢野はこの議員が東村山に生活の本拠がないと主張したいようだった。東村山に生活の本拠がないということになれば当然、この議員には東村山市議の資格がないことになる。事実なら大変な事態だが、矢野がいう「越境通勤市議」とは誰のことを指しているのか。

 東村山市議の任期はあと半年である。平成23年4月に行われた選挙の際、その半年ほど前に近隣市から転入してきた人物が立候補し、当選したことは周知の事実だった。仮にその議員の住所に問題があるとすれば、矢野がそのことを知ったのは最近のことなのか。偶然かどうか、当選して市議になった直後ではなく3年半もたった、半年後には選挙を控えるという時期になり、矢野が現職市議の議員資格を左右する「住所」を問題にしたのはこれが初めてではない。

 矢野が最初に「越境通勤市議」の文言を使用したのは平成18年秋、佐藤真和市議に対してだった。

〈前代未聞の「越境通勤市議」!! 佐藤市議、日野市内で生活 公選法違反・詐欺登録罪の疑惑〉

 ――矢野は佐藤に関してこんな見出しのビラを東村山市内外にばらまいた。

 矢野が佐藤を「越境通勤市議」(=「もともと東村山市に生活の本拠がなく、被選挙権がないから、佐藤には東村山市議の資格がない」という趣旨)と宣伝したことについて東京地裁は平成23年1月24日、上記ビラなどの表現が名誉毀損にあたると認定したものの、矢野の不法行為責任を否定する判決を言い渡した。しかしこれは矢野が主張していた「越境通勤市議」の真実性を認めたのではなく、矢野がそう信じたことについて相当の理由があったと認定したからにすぎなかった(したがって、この判決以後、同じ理由によって佐藤に関して「越境通勤市議」と宣伝すれば、今度は不法行為責任が認められる可能性が高い)。

 矢野は佐藤には東村山市の被選挙権がないから、当選も無効だと主張していた。当然、矢野が主張する「越境通勤市議」という表現に相当性が認められたとしても、それによって佐藤の議員資格がなくなるわけがない。矢野は佐藤に対して「越境通勤市議」などと主張したが、結局佐藤の議員資格を失わせることできなかった。その意味で、最初の「越境通勤市議」をめぐる争いは矢野の実質的な敗北に終わったということになる。あるいは今回の質問は、矢野が負けたことと関係があるのだろうか。

「住所」に特別な執着

 ところで、市会議員の「住所」をめぐり、日本の選挙制度そのものを危うくする問題を最初に引き起こしたのは矢野と朝木直子である。彼らの場合は東村山に転入したのではなく、平成7年4月に執行された東村山市議選で当選した朝木直子が、千葉県松戸市に架空の転出をして自ら被選挙権を喪失させ、当選を放棄した。何が目的だったのかといえば、次点で落選した矢野を繰り上げ当選させるためだった。これこそ本当に「前代未聞」の、有権者の意思を踏みにじった有名な議席譲渡事件である。

 東村山市選管は朝木が東村山市外に転出し、東村山の被選挙権を喪失したと判断、矢野の繰り上げ当選を決定した。しかしその時点で、朝木は本当に松戸市に生活の本拠を移していたのか。

 朝木は平成7年4月末から5月末までのわずかひと月の間に、松戸市内で3回もの転居を繰り返していた。「民意を愚弄する暴挙」と市選管の決定に異議を唱えた市民ら(「『草の根グループ』の議席の私物化を許さない会」)は、転居先と称する住所地を直接訪ね、朝木が実際に生活しているかどうか調査を行った。すると、どうも生活実態がないらしいことがわかった。朝木が松戸に引っ越したと主張していた日の翌日の夜に東村山市民が朝木の自宅に電話をかけたところ、朝木が電話に出て会話を交わしたという事実もあった。

 矢野はいったんは繰り上げ当選が認められて東村山市議の地位を得た。しかし最高裁が矢野の繰り上げ当選を無効とする判決を下し、最終的に矢野は東村山市議の地位を失った。最高裁が繰り上げを無効と判断したのは、朝木が生活の本拠を移したと主張した松戸の住所で生活していた実体はないと認定したことによる。矢野と朝木によって引き起こされた議席譲渡という前例のない反社会的な企みは、市民の地道な調査によって食い止められたのである。

 矢野と朝木は彼らを追及した市民に対してそのことで逆恨みしていたフシがある。佐藤に対して「越境通勤市議」とするキャンペーンを始めたあと、朝木は知り合いの市民にこういったという。

「私たちがやられたことを、やり返しているのよ」

 と。矢野の繰り上げが無効となった当時、佐藤はまだ東村山市民ではなく、矢野からやり返される理由はない。しかし朝木の口からそんな言葉が出てきたのは、市民によってようやく手に入れた市議の座から引きずり降ろされたことを屈辱としか考えていないことの裏返しである。彼らには反省も市民に対する謝罪の気持ちもさらさらないということをよく表していた。

(つづく)
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