ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

「議席取り戻し」事件 第3回
議会に対しても「催告」

 最高裁判決と選挙会決定によって失われた議席を取り戻そうとする矢野と朝木の動きは、東村山市選管に対して異議申出書を提出しただけではなかった。翌日の平成9年9月3日には、朝木から東村山市議会議長宛に「催告書」と題する内容証明郵便が届いた。

〈本年8月25日付最高裁判決により、私は1995年5月1日に市議会議員の身分を取得し、……右判決日以降、私は地方自治法上、議員の身分にあります。〉

 冒頭にはこうあった。その2年半前、「私は東村山の被選挙権を喪失したから東村山市議ではない」と主張していた者の言葉とは思えなかった。「東村山市議ではない」ことを2年にわたって主張し、そのために松戸への転出が「父親の介護」のためだったと「転出」の理由を変更してまで松戸への転居の実体を主張していたのは何だったのか。

 最高裁で「市議の地位を取得していた」と認定されたとたんに、それまでの主張を自らことごとく否定し、市議の地位を主張するとは、通常の市民感覚ではとうてい考えられない変わり身だった。当然、市民からは当時の主張との矛盾を追及されてもおかしくなかった。

 しかし朝木と矢野の目的は、「朝木の議員としての地位」を認めさせたさらにその先にあった。朝木は「催告書」で、「最高裁が自分の被選挙権の有無については議会が決定すると認定した」と述べた上で議長に対して次のように要求していた。

〈私の有する東村山市議会議員の身分(被選挙権の有無)に関して、何月何日までに貴議会が決定するのか、ご回答下さい。〉

 朝木はたんに「議員としての地位」を認めさせるだけでなく、東村山市議会が最高裁判決に従い、自分の被選挙権がすでに失われており、「朝木は東村山市議の地位を失ったとする議決をせよ」と迫っているのだった。最終的な目的は、朝木が東村山の被選挙権を失ったことが議決され、改めて矢野の繰り上げが決定される――というところにあったと推測できた。その意味では、矢野の繰り上げ決定を主張している異議申出書の趣旨と矛盾するものではないのかもしれない。

 しかし、矢野らが選挙会の決定に異議申出を行って「やはり自分が繰り上げ当選となるべきだ」と主張する一方、朝木は「自分は議員だ」と主張するという、一見すると矛盾する状況がいったい何を意味するのか、理解できる市民は限られていただろう。それ以前に、2年前には「矢野さんの方が議員にふさわしいから、自分は当選を辞退する」「自分は東村山市議ではない」といっていた朝木が、最高裁判決後に突然「議員だ」と主張し始めたことを知った市民の多くがあっけに取られた。

 催告書の最後には、「7日以内」に回答がない場合は所要の手続きを行う旨、記されていた。しかし、議長もまた「また議会をかき回す気か」というのが本音だったのではあるまいか。

立て続けに届いた内容証明

 平成9年9月3日に届いた催告書には「7日以内」に回答を求めていた。ところが、催告書を送付してから3日後の同年9月6日付で再び朝木から、今度は「通知書」と題する内容証明郵便が議長のもとに届いた(筆者注=郵便局の受付の日付は同年9月6日だが、土曜日だったために、送達されたのは月曜日の同年9月8日だったようである)。

 その内容は「自分(朝木)の被選挙権に関する決定をいつするのか」を質した「催告書」とはやや趣が異なっていた。朝木は議会が自分の被選挙権の有無を決定していないから、最高裁判決によって自分は現段階では東村山市議会議員であるとし、したがって議員手帳など議員に交付されるもの一式を支給するよう求めていたのである。その上で朝木は一方的に、その一式を同年9月8日午前中に受け取りに議会事務局に出頭するといっていた。

 議会が朝木の身分について決定する会議を開くかどうかわからないから、まずその前提として、最高裁の判断だけでなく朝木が東村山市議会議員であるという事実を作り上げようとしていたようだった。その上で、〈引き渡しがない場合は、貴殿が私の議員活動を妨害しているものと考え、必要な手続きを執ります〉と締めくくっていた。かつて民意を踏みにじり、当選を放棄した者の口から「私の議員活動」などという言葉が出てくるとは、やはり神経の持ち主とは思えなかった。

 その本人が今日(平成9年9月8日)、議員に支給されるもろもろ一式を受け取りに議会事務局に来るという。相手の都合も聞かず、一方的に行くというのは穏やかなやり方ではない。

再度の催告書

 さて「朝木の被選挙権に関する決定をいつするのか」について回答を求められていた議長は、朝木に対し同年9月8日付内容証明郵便で回答を送付した。その内容は、「同年9月2日付の選挙会決定に従う」(趣旨)というものだった。選挙会は、東村山市議会が議決するまでもなく朝木の被選挙権は失われているとする決定をした。つまり、議会は朝木の被選挙権の有無を議決するための議会を開かないと回答したということだった。

 その日の午前10時30分、朝木は9月6日付内容証明で予告したとおり、議会事務局にやって来た。矢野のほかに支持者4名が付き添っていた。相手の回答を待たずに直接、しかも大人数で来ること自体、来られる方とすれば威圧的と感じたとしても無理はあるまい。少なくとも朝木と矢野が強硬姿勢であることは確かなようだった。

 しかし議会の方針は同日送付した回答のとおりだったから、事務局としては丁重にお引き取り願うしかなかった。すると朝木は議長宛の新たな「催告書」(同年9月8日付)を提出したのである。催告書には「9月定例会の始まる9月11日の前日までに議員手帳等を引き渡すように」と書かれていた。

(つづく)
関連記事

TOP