ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

「右翼の弟子」事件 第4回
取材拒否の重鎮

 ブログの記載をめぐり千葉英司と私が「行動する保守」Aの弟子を提訴していた裁判の第2回口頭弁論が平成27年2月5日、午後2時から東京地裁立川支部で開かれた。当初は1月15日に予定されていたが、弟子が代理人弁護士を選任したため日程が変更となっていた。

 開廷10分ほど前に法廷前に行くと、すでに弟子と「行動する保守」Aが法廷右手にある待合スペースのベンチに座っているのに気がついた。ベンチは3人が並んで座れる長さだが、廊下に面した手前のベンチには「行動する保守」Aと支持者と思われる人物(黒縁メガネで短髪)が2人で座り、弟子はその向こう側のベンチに1人で座っていた。

「行動する保守」Aの後方のベンチにも3人の男が座っていたが、彼らは公安と思われた。弟子の裁判であっても、重鎮が動けば公安も動かなければならないのだろう。さすがの存在感というところだろうか。

「行動する保守」Aには確認しておきたいことがあった。平成26年8月31日、朝木明代の自殺をめぐって東村山で行った街宣に東村山市議の矢野穂積と朝木直子が姿をみせなかったのはどういう事情なのか、また街宣で何度も「この街宣活動は矢野さん、朝木さんとは連絡もしておらず、無関係」と繰り返したのはなぜなのか――。

 私は「行動する保守」Aに近寄り、「こんにちは」と声をかけた。すると「行動する保守A」は私から挨拶をされること自体が不快なようで、「挨拶なんかしなくていいよ」と即座に拒絶反応を示した。それでも私は隣に座り、「行動する保守」Aに話しかけた。

「ちょっと取材させていただきたいんですが。矢野さんから協力を断られたんですか?」

 すると「行動する保守」Aはこう答えた。

「俺は何にもしゃべらないぞ」

 街宣にはさまざまな賛否の反応があるのは当然である。しかも「行動する保守」Aは明代の死に関して捜査機関の結論に反して「他殺」であるとし、しかも「事件に関与した者たちの目撃情報」という「新証言」があったとまで主張しているのだから、街宣内容に関する質問、取材に応じるべき立場にある。ところが「行動する保守」の重鎮でもあるAは、私の取材には応じないというのだった。同年9月に立川駅前で街宣した際にも「行動する保守」Aは、私が近づくことさえ拒絶した。

 朝木明代の万引きを苦にした自殺をめぐり東村山で街宣をするにあたり、矢野と朝木から協力を得られていたのなら、「そんなことはない」と私の質問を否定すればよかろう。協力を得られなかったとしても、たんに都合がつかなかっただけなら、そういえばすむのではあるまいか。

 しかし「行動する保守」Aは私の質問には答えないという。すると、「行動する保守」Aが取材を拒否する理由は、矢野の協力を得られていたのでも、「たんに都合がつかずに参加しなかった」のでもないのではないかと推測できる。

「行動する保守」Aは街宣で、矢野とは連携していないことを5分にわたって繰り返し説明している。「朝木明代は殺された」と主張するのに、矢野との連携は直接的には関係がない。したがって、連携していないことをわざわざ説明するのもまたきわめて不自然だった。

「行動する保守」Aは矢野から協力を得られたのか、断られたのか。「何も答えない」という以上は、私が聞いた内容を肯定したとは断定できない。しかし「行動する保守」Aのかたくなな態度と街宣における不自然な説明を総合すると、やはり「行動する保守」Aは今回の街宣にあたり、矢野と朝木から協力を断られたとみるのが最も合理的な結論なのではあるまいか。

支援者が大声で代返

 ところで私が「行動する保守」Aに近づいたとき、隣に座っていた支援者と思しき人物はタブレット端末を見ていた。ところが私が「行動する保守」Aに話しかけるや、その端末の背面を私の方向に向けたのがわかった。「行動する保守」Aとのやりとりが終わったあと、私はその人物に向かって、強い調子でこういった。

「おまえ、写真撮ったんじゃないだろうな?」

 するとこの人物は私の質問には答えず、こう絡んだ。

「『おまえ』とは何だ」

 と。聞かれたことには答えず、口の聞き方をとがめるとは穏やかではない。理由は定かでないものの、どうやらこの支援者もまた、私が「行動する保守」Aに質問しようとしたことが気に入らないらしかった。

 私はその場をいったん離れたが、もう1つ「行動する保守」Aに聞きたいことがあった。「行動する保守」Aは平成26年9月に立川で行った街宣で、「創価学会の元職員が朝木明代殺害事件に関与した人物を知っている」とする趣旨の証言があったと述べていた。その(伝聞)話が事実なら、「伝聞の伝聞」であることを自白して仲間内にも恥をさらした「内部告発」にも一応、信憑性がないわけではなかったと重鎮の評価も見直されるかもしれなかった。

 もっとも、新たな「証言」もあの「内部告発」に匹敵する与太話だったということになれば、「行動する保守」Aの信用はさらに低下することは避けられないが、「行動する保守」Aは「新証言」をどのように立証しようと考えているのだろうか。まさか「元職員」の実名まで出しておいてこのままうやむやにすることはあるまい。立証の見通しはどうなのか、聞きたいと考えていた。

 まだ開廷までには時間があった。そこで私はもう一度「行動する保守」Aに近づいて話しかけようとした。すると、「行動する保守」A自身ではなく隣に座っている支援者が「そばに来るな」と大声を発したのである。それに続き弟子も、やや小声ながら同調の声を上げた。弟子らは重鎮の意を汲んで、取材拒否の意思を代弁したものと思われた。

 取り巻きに守られているとはさすがに重鎮というべきだろうか。私はやむなくその場を離れた。しかし私の質問から逃れられたところで、「行動する保守」A自身が過去に発言した事実と、それに対する責任から逃れることはできない。いつまでも非を認めないこと、罪のない被害者を貶めることは、「行動する保守」Aの考える日本の心にふさわしいものなのであろうか。

(つづく)
関連記事

TOP