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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「議席取り戻し」事件 第10回
東京都選管の裁決

 最高裁判決後、東村山市選挙会が朝木直子の復活を認めなかった決定をめぐり矢野らが提出していた異議申出に対し、平成9年11月26日、東京都選管はこれを棄却する裁決を行った。東京都選管は、矢野の異議申出を棄却した東村山市選管の決定を追認したのである。

 朝木側の主張と東京都選管の裁決理由は以下のとおりである。



(朝木の主張1)

「最高裁判決は、朝木は平成7年4月30日現在、東村山市の被選挙権を失っていないので議員の資格を得ているとしている。したがって朝木は、改めて公選法96条に基づき選挙会で決定するまでもなく当選人である」

※公選法96条の規定=「訴訟の結果、再選挙を行わないで当選人を定めることができる場合においては、ただちに選挙会を開き、当選人を定めなければならない」)

(東京都選管の裁決理由1)

「最高裁判決は平成7年5月21日に選挙会が行った矢野の繰り上げ決定を取り消したのであって、朝木の当選を決定はしていない。本選挙会は公選法96条の規定に従い、朝木を当選人と決定するために開催したものであり、選挙会の決定がない場合には当選人としての認定も行われない。」



 平成7年当時、矢野に当選を譲ると表明し、「松戸に生活の本拠を移したことに間違いない」と主張していた事実、および最高裁がその主張を否定した事実にはいっさい触れず、今度は自分が議員になっていたと主張するために最高裁の「朝木はすでに議員になっていた」とした部分のみを利用するあたりは抜け目がなかった。当時、「間違いなく住所を移転した」とする朝木の主張を信じ、朝木は当選人の資格を失ったと判断した東京都選管としても、改めて朝木が並大抵の神経ではないことを思い知ったのではあるまいか。

 東京都選管としても当時、議席譲渡が民主主義に反する行為であるとは認識しつつも、矢野の繰り上げを認めざるを得ないことに大きな葛藤があったはずである。しかし一行政機関の判断において、朝木が東村山の被選挙権を失ったと判断せざるを得なかった。ところが最高裁が朝木の住所移転を否定するや、朝木は「自分は議員になっていた」と主張している。東京都選管が朝木に対してかなりの不信感を覚えていたとしてもなんら不思議はない。

選挙会開催のそもそもの原因



(朝木の主張2)

「最高裁判決によれば、朝木が松戸に生活の本拠を移したのは平成7年5月29日であると判断しており、同日までは東村山市議の資格を有しており、それ以後、朝木の議員資格が喪失するかどうかは議会が決定すべきで、選挙会は朝木の被選挙権の有無を判断する権限を持たない」

(東京都選管の裁決理由2)

 本選挙会において朝木を当選人と決定するところだが、朝木が判決日前に東村山市の被選挙権を失っている事実は明らかであり、当選人とすることができない。

 議員となってからは議会が決定すべきであるのは当然だが、当選人でない者は議員とはなれない。



 東京都選管が下した裁決理由には、最高裁判決は平成7年当時に選挙会が行った決定を取り消すというもので、当時、東村山市選管が朝木の被選挙権をめぐり選挙会を開催したこと自体を否定するものではないという解釈、判断がある。

 最初に選挙会を開催したのは議員任期の始期前である平成7年4月28日であり、5月以降に開いた2回の選挙会は第1回選挙会が流会となったために行った「継続選挙会」と位置付けられている。したがって、最高裁が取り消したのは選挙会の開催そのものではなく、その決定なのだと。よって東村山市選管は、最高裁が当時の決定内容を取り消したため、決定をやり直そうとした――これが本選挙会を開催したことに対する東京都選管の考え方だった。

 しかしこれもまた元をたどれば、朝木が議員任期の始期前に松戸に住民票を移し、議会の決議を経ないまま矢野を繰り上げ当選させようと画策したことに起因しているのである。ここでも朝木は、そもそも平成7年当時、選挙会が開催された事情についていっさい触れず、朝木の議員資格について議会が決定せず、選挙会が決定したことを非難している。しかし東京都選管が、当時の選挙会が下した結論に誤りはあったが選挙会の開催そのものが否定されたわけではないと考え、選挙会を開催したのだとしても、それなりの合理性があるように思える。

 上記説明によれば、東京都選管の判断は、朝木の議員資格の有無は議会が議決すべきものであるとしても、それは選挙会が朝木を当選人と決定したあとであるということになろうか。したがって議会が選挙会の決定に従うとしたのも、選挙会が当選人と決定しない以上、議会が朝木を議員として扱うことができず、議員資格を審議する理由もないという論理であると推測できた。

 こうして東京都選管は矢野、朝木らの異議申し立てを棄却する裁決を行った。しかしもちろん、自分は議員であると主張して東村山市や市議会に対して業務妨害禁止を求める仮処分を申し立てている朝木が、この採決を受け入れるはずもなかった。矢野と朝木らは選挙会が行った決定の取り消しを求めて東京高裁に提訴した。

 1つの選挙会決定に起因して、主張の対立する双方から2度にわたって提訴されることになろうとは、東京都選管としても想定していなかったのではあるまいか。

(つづく)
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