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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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少年冤罪事件 第5回
「少年の身元を明かせ」と迫った政治家

 余談だが、矢野が少年を突き出してから4日後の平成7年9月27日、東村山署には国会内に設置されている警察庁の政府委員室から1本の妙な電話が入っていた。政府委員室の室長はこう伝えた。

「白川勝彦代議士、川崎二郎代議士(自民党衆院議員=いずれも当時)の連名で、例の暴行事件の少年の身元を矢野氏に教えてもらいたいといってきている」

 対応したのは、朝木明代の万引き事件および転落死事件の捜査を指揮した副署長の千葉英司である。冤罪事件の可能性が高く、しかも未成年者の名前を矢野に教えれば何が起きるかわかったものではない。当然、矢野は直接的な行動を起こすだろう(その後少年の身に起きた事実からも明らか)。冤罪に加えて少年に対する2次被害が発生する可能性も想定できた。千葉はすぐに政府委員室の室長に電話してこう回答した。

「この事件は冤罪事件であり、しかも矢野が犯人であると主張している人物はまだ未成年である。少年の身元を矢野に教えることは、市民を保護すべき立場にある警視庁が冤罪事件に加担することにもなりかねない。よって、この要求には応じられない」
 
 断固とした千葉の回答に室長は一言も反論せず、白川や川崎からも千葉に対してなんらかのクレームが来ることもなかった。白川や川崎にしても、警察が公表していない被疑者の氏名を特定の人物に教えろと要求することがどういうことを意味するか、その違法性については十分に承知していたのだろう。もちろん当の少年は、まったく身に覚えのない事件の背後で、自分の身元を探るために現職の国会議員が動き出していたことなど想像したこともあるまい。しかし、事件の背後で実際に国会議員が職務権限の垣根を越えて少年の身元に迫ろうとしていたのである。

 では、白川と川崎はどうやってこの事件の存在を知り、被疑者が「少年」であることを知り得たのか。「事件」があったこと自体は『読売新聞』多摩版が報じたが、これはまだ矢野が「犯人」を特定していない時期であり、被疑者が少年であることについて白川が報道によって知る可能性はない。

 もちろん東村山署は被疑者が少年であることなどいっさい公表していないし、少年が無関係であると判断して釈放している以上、外部に漏らすことはあり得ない。白川が知る以前の段階で被疑者が少年であることを知るのは矢野と朝木直子以外には考えられないし、仮になんらかのルートで白川が事件の被疑者が少年であることを知り得たとしても、それだけでは少年の名を「矢野に教えろ」と東村山署に迫ったことの合理的説明とはならない。白川はなぜ「矢野に教えろ」と迫ったのか。

 白川と川崎は自民党内における反創価学会勢力の急先鋒的存在として知られており、明代の転落死事件を政争の具として利用しようとしていた。一方、矢野もまた自分自身の政治的立場を維持するために明代の自殺を「創価学会による犯行」と印象づけようとしていた。当時の自民党と矢野には互いに利用価値があったのである。つまり、矢野がなんらかのルートで白川に渡りをつけ、国会議員の政治力を利用して東村山署に圧力をかけ、少年の身元を突き止めようとしたとみるのが最も自然だった。

 仮に少年が、少年の主張するとおり、矢野から警察に突き出されるまで矢野とは何の面識もなかったとすれば、矢野はまったく見ず知らずの少年を、明代の自殺を「他殺」と印象づけるために、国会議員を利用してまで暴行事件の犯人に仕立て上げようとしていたということになる。


(第6回へつづく)
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