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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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政治宣伝ビラ『東村山市民新聞』を読む(平成27年第185号-その5)
議運で不採択の決定

「辞職勧告決議を求める陳情」は平成27年1月30日、議会運営委員会で審議されていた。「『陳情が出された翌日小松議員が議会に出たため』という理由でこの陳情は取り下げられた」と矢野は説明するが、その日から2カ月がたっているにもかかわらず、陳情は取り下げられていなかった。

「小松議員が議会に出たため」取り下げたというのなら、わざわざ議会運営委員会に審議させる必要もなかろう。取り下げの理由は「小松議員が議会に出たため」ではなかったと理解するのが自然である。

 さて委員会における各委員の意見は次のようなものだった(いずれも趣旨)。



「議員がその進退について決めるのは自らの問題。小松議員も、議員としての職責をまっとうしようと、体調不良と闘って、委員会や本会議に出ようと努力されていると聞いている」(石橋博委員)

「選挙で選ばれた議員は、途中で体を壊して公務につけないことがあっても、議員の身分を失うことはない。あとはご本人の判断の問題」(奥谷浩一委員)

「ご本には大変苦しまれたと思う。12月議会に体調を整えられて出席されたことはよかった。公人にも病気や不慮の事故はありうるのであって、それによって公人としての資格がないとは思わない。辞職勧告決議はまったくなじまない」(大塚恵美子委員)

「議員が選挙で選ばれたことの重みをどう考えるかということに尽きる。あくまでも本人が判断すること」(佐藤真和委員)

「政治家の出処進退は本人が決めるもので、私たちは議会が組織として辞職を勧告する意思決定をすべきとは思わない」(伊藤真一委員-公明党を代表しての反対討論)



 委員たちの意見はいずれも「議会として小松に対する辞職勧告決議をすべきではない」とするものだった。委員のうち、この陳情が提出された時点(平成26年12月17日)では矢野、朝木と会派(「東村山を良くする会」)を組んでいた奥谷浩一(現民主党)だけは、しきりに「市民感情としてはよくわかる」と陳情に理解を示すなど、なにやら複雑な背景事情をうかがわせた。しかし会派の問題は関係ないと思うが、奥谷も結論としては陳情を採択すべきではないとする意見を述べた。

 また委員会に出席していた議会事務局長は、委員の質問に答え、議員が職を失うケースについて次のように説明した。

「議員が職を失う場合としては、まず①議員が自ら辞職を申し出て、議長の許可を得て辞職する場合。②被選挙権を有しなくなるなど、議員としての資格を失った場合。③直接請求制度による解散請求(筆者注=リコール)があった場合などが考えられます」(番号は筆者)

 さらに局長は、病気等による長期欠席を理由に議員の職を失うことはないこと、および条例上も、長期欠席により報酬が減額されるという条項もないことを付け加えた。

 委員個々の内心は別にして、議会運営委員会が全体としてこの陳情に対してきわめて冷静に議論していたことがわかろう。これに対して、現役市議の矢野と朝木の騒ぎようは異様に思える。

診断書も提出

 また矢野はビラで〈欠席届は議長に出すようになったが! 欠席の理由は説明せず、隠す〉と記載し、小松があたかも当初は無断で欠席しており、その理由はいまだ説明していないかのように主張している。この点についてはどうなのか。議会事務局長は委員会で次のように説明している。

「欠席については、届出を要することになっております(筆者注=東村山市議会会議規則第2条)。診断書を添付しなければならない理由はないんですが、小松議員については診断書も提出されております」

 局長は小松が届出を提出していないとはいっていない。また診断書を提出したということは、小松は議長に対して本来は必要のない説明をしていることになり、矢野のいう〈欠席の理由は説明せず、隠す〉という主張は公的事実としては虚偽ということになる。仮に矢野が説明を受けていないとしても、そのことがただちに議長にも説明していないことにはならないのである。

 こうして平成26年12月18日、議会運営委員会に付託された小松市議に対する「辞職勧告決議を求める陳情」は平成27年1月30日、全会一致で不採択となった。この結果は3月議会の本会議で報告される予定だったが、陳情人は3月議会の初日である平成27年2月26日、陳情を取り下げた。

 この流れはどうみても、陳情が提出された翌日に小松が本会議に出席したからではなく、議会運営委員会での不採択の結果を受けて取り下げたとみるのが自然だろう。陳情の採否が確定するのは本会議で行われる採決によるが、このままいけば、本会議でも不採択となるのは必至だったのである。

 しかしビラ185号で強調されているのは、小松が長期欠席したという事実、陳情が提出されたという事実だけで、陳情が議会運営委員会で審議され、委員全員の反対によって不採択となった事実はいっさい記載されていない。つまりこの記事は、小松(すなわち公明党)に対するきわめて悪質な情報操作と評価されても仕方があるまい。

戻ってこなかった矢野

 このビラ185号の発行から10日後の3月26日、東村山市議会3月定例会は閉会した。この日、小松は本会議に出席して重要な予算の採決に参加した。議事終了後、小松は今期の任期満了をもって議員を退く旨の挨拶を行った。

 ところで最終日の午後、本会議場には小さな異変があった。午前中は出席していた矢野が、昼の休憩が終わり、会議が再開しても議場に戻ってこなかったのである。矢野が戻ってこないことについて議長からは何の説明もなかった。だから、他の議員たちには事情がわからなかった。

 通常、議員が欠席する場合には自席の名札は掲示されていないが、矢野の名札はそのままだったから、そのうち戻ってくるのだろうと思っていた議員もいた。ところが、矢野は最後まで議場には戻ってこなかった。

 重要な予算の採決も残っている。またあれほど虚偽を交えて小松の欠席を批判していた矢野が重要な会議を欠席するとは、どうしたのだろうか。

 のちに聞いたところによれば、この日、矢野は体調が悪く、「病院に行くので午後から欠席する」旨、議長に連絡していたという。議会の最終日でもあり、来年度予算の採決を行う重要な会議を欠席するとは、よほど急迫した事情があったのだろうか。いずれにしても、ビラ第185号を発行した時点では、自分自身が体調の問題で欠席することになるとは予測できなかったもののようだった。

(つづく)
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