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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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りんごっこ保育園食中毒騒動退園事件 第3回
なぜか直接の説明を拒んだ高野博子

 一連の経緯について認可権者である東京都はどう考えているのだろうか。万が一、園側が保護者を退園に追い込んだとすれば認可取消にも匹敵する重大な事実ではないかと私は考えていた。11月30日、東京都に見解を聞くと、担当者はこう答えた。

「事実を確認していないので回答できない」

「では、東村山市に事実を確認の上、回答願いたい」というと、12月4日、担当者から電話があった。

「東村山市もまだ事実関係を把握していない。事実確認には時間がかかりそうなので、回答にはしばらく時間をいただきたい」

 12月7日午後5時前、私は再び東京都に電話してこういった。

「今回の保護者の退園の件は、高野は市の調査には応じない可能性が高いから、東京都でやるべきではないか。その場合、高野に対する調査だけでは何も明らかにはならない。退園した保護者から直接聴取すべきだ」

 すると担当者はこう答えた。

「監督責任は東京都にあるが、現実の監督は実施機関である東村山市が行うべきもの。東京都はその報告を受ける立場だ」

「それでは東村山市に強く指導してほしい」

 担当者は「わかりました」と答えた。いうまでもないが、この時点ではまだ東京都は事態を把握していないものと私は受け止めた。その後、東京都からの連絡は来なかった。私はやむなく、1週間後の12月14日、担当者に電話した。すると、名前を名乗っても担当者からはなぜか反応がなかった。私の用件はわかっているはずと思いながら「東村山のりんごっこの件ですが」と聞くと、担当者はようやくこう答えた。

「あの件は東村山市の方でまだ事実確認ができていないということなので」

「東村山市が事実確認ができていない」というのがいつの時点での話なのかはわからないが、とにかく東京都の担当者はこう答えた。実は、東村山市議会に設置されていた「りんごっこ保育園設置者の資質と特定議員の関与に関する調査特別委員会」でも今回の問題が取り上げられており、私が東京都に電話した前日の平成18年12月13日、同委員会において東村山市保健福祉部から報告がなされていた。

 それによると、東村山市は平成18年11月11日、市内で開かれていた「健康のつどい」の場で保健福祉部長が矢野と朝木に出会った際に矢野から報告を受け、食中毒騒動の発生を最初に認知した。その際保健福祉部長は矢野に対し、施設長から直接説明するように求めている。しかしその後、高野からは何の連絡もなく、11月13日、保健福祉部がりんごっこ保育園に電話するも高野は不在。主任から「保健所の立ち入りを受けているが、問題はなかった」との説明を受けている。翌14日午前、保健福祉部は再度園に電話して高野からの報告を求めた。しかしこのときは、高野と内容のあるやり取りはできなかった。すると同日午後、矢野から保健福祉部に連絡があった。担当者が矢野に対して施設長からの報告・説明を求めると矢野は、

「経過は説明している。なぜ施設長が報告する必要があるのか」

 と反論した。保健福祉部は矢野のいう「経過説明」が「健康ひろば」における矢野の説明のことと理解したが、保育園の責任者であり、11月10日当日の状況を直接知る高野に説明を求めるのは所管として当然だし、高野が自分で説明すればそれですむ話である。それをなぜわざわざ矢野が電話してきて、高野に説明を求めたことに対して異を唱えるのか、理解に苦しむ話というほかなかった。矢野は翌11月15日にも児童課に電話してきて、「なぜ施設長が説明する必要があるのか」と抗議した。11月17日には私立の園長会が開かれた。出席した高野に児童課の担当者が報告を求めると、高野は「すでに報告済み」などとして自分の口からはいっさい説明しなかったという。高野のこの対応も尋常ではあるまい。

 保健福祉部は立ち入り検査に行った小平保健所からも事情を聞いており、保健所の立ち入りの際にほとんど対応したのは矢野で、

「(保護者が病院で説明したような、園児の)半数が嘔吐した事実はなく、なぜ立ち入りか」

 と主張したため保健所職員と議論になったという。保護者の説明が虚偽だったのかどうか、すなわち食中毒が発生していたのかどうか、保健所がサンプル等の検査をすれば明らかに判明しよう。食中毒がなかったらなかったで、保育園側の潔白が証明されるのだからそれでいいのではないのか。にもかかわらず、矢野はなぜこれほど強硬に立ち入り検査を拒んだのだろうか。

「闇に葬りたくない事件」

 この日の特別委員会ではもう1つ、きわめて重要な情報が明らかにされた。11月10日、当該園児を診察した昭和病院小児科の医師から11月24日、東村山市長宛の手紙が届いていたというのである。医師は同じ手紙を東村山共産党と東京都にも送付していた。同じ手紙を3カ所にも送付したということは、その内容を公にしてもらいたいという強い意思表示だったに違いないと私は思った。

 11月24日午前、私はその医師に取材を申し込んだが、その際の医師の言葉が強く印象に残っていた。医師は「勤務医の立場上、自分個人の判断では取材に応じられるかどうかはすぐには回答できない」と答えたが、そのとき一言だけこういったのである。

「でも、個人的には闇に葬りたくない事件です」

 この言葉には医師の強い意思のようなものを感じた。しかしその日の午後、医師から電話があり、医師は「やはり個人では対応できない」と残念そうに伝えてきた。医師はこんな感想も述べた。

「あのような市会議員が存在していることについて、今後は関心を持たなければならないと感じた」

 と。あるいは医師は、矢野から直接抗議を受けていたのかもしれない。それにしても、「闇に葬りたくない」とはただならぬ言葉だった。「闇に葬ってはならない」とまでいうからには、医師はその事実を知っているということでもある。「闇に葬ってはならない事実」とは、いったいいかなる事実なのか。

 私が医師と電話で短い会話を交わしたちょうどその日、東村山市長と東京都、東村山共産党には医師からの手紙が届いていたということになるが、もちろん当時私にはそのような事実など知る由もなかった。「闇に葬りたくない」といった医師が送付した手紙に書いた内容とはどんなものだったのだろう。りんごっこ保育園に対する告発以外であるとは考えられなかった。

 医師からの手紙が届いたことが報告された特別委員会では当然、その中身に関する質疑があった。

木内委員 「市長への手紙」の内容とはどんなものだったのか。

保健福祉部長  まず、食中毒に関する経過、また保健所の対応についてなど。あと特に、保育園にいる子供たちの状況を心配されていた。「そこが一番大事だ」という内容になっている。

木内委員  医師は法に基づいて通報したが、矢野から「なぜ通報したのか」などという抗議の電話があったことについて書いてあるのか。

保健福祉部長  通報したことについて矢野議員から抗議があり、電話なり、昭和病院へ行っての抗議があった。そのようなことが書かれている。

 保健福祉部長はこれだけしか説明しなかった。しかし、「闇に葬りたくない」とまでいった医師が東村山市長などに対して手紙を出すには相当の覚悟があったはずである。手紙には食中毒に関する医師の見解、医師が「保育園にいる子供たちの状況を心配」する理由、矢野からの抗議電話に対する医師の感想などが書かれていたのではないかと私は推測している。結局、手紙は市長に対する私信であるという理由で公開されず、同じ手紙を受け取っていた共産党に対して他の委員から公開するよう要望が出たが、共産党はこの日、市側と同じ理由で「検討する」と答えるにとどまり、最終的に公表しなかった。

 後日、私は医師が送付した「市長への手紙」を情報公開請求した。しかしこれに対しては、「請求のあった文書全体が、複数人物の個人情報と、公にすると法人の事業運営上の利益及び社会的地位が損なわれるおそれのある情報で構成されている」ことを理由に非公開の決定がなされた。しかし、保健福祉部長の説明だけでは特にりんごっこ保育園に対してそれほど不利益になるような内容とも思われなかったものが、「文書全体が」対象の利益を損なうおそれがあると判断されたということは、部長の説明以上のものが書かれているということの証拠でもあろう。私は、「市長への手紙」にはやはり「闇に葬ってはならない」事実が書かれていたのだという確信を深めた。

 12月13日開かれた特別委員会では、東村山市保健福祉部が東京都へ出向き報告していたことも報告された。

保健福祉部次長  先日、次長、児童課長、係長の3人で東京都子育て支援課に行って報告を行った。すると、同じような文書(医師からの手紙)が東京都にも届いていた。市としても、認可権は東京都にあるので苦慮しているという話をした。その際、東京都は「認可の取り消しはよほど大きなことがなければできないでしょう」ということだった。

 特別委員会での「市長への手紙」に関する説明も含めて、当事者の退園理由を対外的に「家庭の事情」としか説明してこなかった東村山市の口から「認可権」の話が出、東京都から「認可取り消し」の話まで出るとはどういうことなのだろう。所管も東京都も、実は今回の退園理由が少なくとも「通常の退園」ではないことを十分に認識していたということではなかっただろうか。

 また、私が12月14日、東京都に電話した際、担当はなぜ、

「あの件は東村山市の方でまだ事実確認ができていないということなので」

 と答えたのか。私は前日の特別委員会で「東京都に報告した」という東村山市保健福祉部の報告を確認したから電話したのである。私はやむを得ず、

「昨日、委員会で一応の報告がありましたよ。市に確認してください」

 とだけいって電話を切ったが、東村山市の報告と東京都の回答が矛盾するのはなぜなのか。どちらかの勘違いということだったのだろうか。


(第4回へつづく)
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