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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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「議席取り戻し」事件 第14回
 東村山市議、「草の根市民クラブ」の矢野穂積と朝木直子が企んだ議席譲渡事件(当選した朝木が市外に架空の転居をすることで、落選した矢野を繰り上げ当選させようと画策した事件)で、平成9年8月25日、最高裁は矢野の繰り上げ当選を無効とする判決を下した。判決を受けて東村山市選管はただちに選挙会を開き、(最高裁が議員になっていたと認定した)朝木直子を当選人として更生決定できるかどうか検討した。しかし朝木は平成8年10月8日告示の衆院選に立候補しており、すでに東村山市議の身分を喪失しているとして、「当選人を決定できない」旨の決定を行った。

 これに対して朝木と矢野は選挙会の結論に異議申立を行うとともに、東村山市議会に対して朝木は自分を議員として扱うよう申し入れた。しかし東村山市議会は選挙会の決定を理由に朝木の要求を拒否した。すると朝木は、議員としての業務を妨害されていると主張して東村山市と東村山市議会を債務者(筆者注=通常の裁判でいう「被告」)として東京地裁に「業務妨害禁止命令」を求める仮処分の申し立てを行った。

 議席譲渡事件で朝木は当初、「自分よりも矢野さんが議員になる方がより適格」などとして、住民票を千葉県松戸市に移すことで東村山市における被選挙権を喪失させ、自ら東村山市議の地位を放棄した。ところが2年後、最高裁判決によって矢野の繰り上げ当選が無効となり、東村山市議会議員の地位を失ったとたん、(最高裁判決までの)つい数日前までの主張などなかったかのように、今度は「自分は最初から議員資格を失っていなかったからやっぱり議員だ」といい出したのである。

 自分の都合が悪くなると掌を返すようにまったく逆の主張をし始めるとは並みの神経ではなかった。朝木は2年前とは逆に「東村山市議会は自分を議員として扱え」とする仮処分申請を裁判所に申し立てた。そもそもこうなったのは矢野と朝木が彼らの都合に合わせて選挙結果を操作しようと企んだからである。しかしそんな理屈は、いっさいの非を認めない彼らの前には無意味だった。どこまでも自分を正当化しなければ気がすまない特異性は矢野と共通していた。

 しかし朝木の主張に対して東京地裁は、選挙会が決定したとおり、朝木は平成8年に衆院選に立候補しているから、その時点で自動的に東村山市議の資格を失っていると認定した。東京地裁の認定によれば、朝木の「東村山市議として扱え」とする主張自体があり得ないことになる。よって東京地裁は、朝木の主張を(棄却ではなく)却下する決定を言い渡した。(前回まで

即時抗告

 もともと「自分は東村山市議ではない」と主張していた過去の事実からすれば、東京地裁の却下決定で「業務妨害」を主張することをあきらめたとしてもなんら不思議はない。また、一方では「当選者を決定することができない」とした選挙会の決定に対して「矢野が繰り上げ当選人だ」と主張して東京高裁に提訴していることを考えると、朝木の主張を引っ込める方が理屈として整合性があるようにも思える。

 しかし矢野と朝木の考え方はそうではないようだった。「業務妨害禁止命令を求める」仮処分申請を却下された朝木は即時抗告し、東京高裁に改めて判断を求めた。いかなる主張であれ、いったん主張したものは絶対に引っ込めないのが「草の根」の特異性でもある。たとえば、刑事、民事で否定されたにもかかわらず、矢野がいまだに「少年から暴行された」と主張していることが端的な事例である。

恐ろしい「封印論」

 さて抗告理由書で、平成8年に衆院選に立候補したことを理由に「すでに東村山市議の資格を失っている」とした東京地裁の決定に対して朝木は次のように反論した。

〈最高裁判決は平成7年5月1日に朝木は東村山市議になっていたと認定している(筆者注=朝木のいう「第1決定」)。しかし東村山市選管は事実誤認によって朝木の被選挙権が失われたと判断し、同年5月21日、矢野を当選人と決定した(筆者注=朝木のいう「第2決定」。ここでも朝木は、虚偽の住民票移動によって市選管を騙した事実などおくびにも出さず、すべての責任を市選管に転嫁している)。

 そのため、朝木の当選は「封印」されることとなった(筆者注=「封印」は筆者の表現ではなく、朝木が実際に抗告理由書で使用した文言である。「本来なら朝木が議員であるべきだった」という意味を強調したかったのだろうか)。

 この「封印」は平成9年8月25日最高裁判決によって初めて解かれた。最高裁判決以後、朝木は市議会議員として在職するに至ったのである。

 すなわち「第2決定」から最高裁判決までの間、朝木は市議会議員議員として在職していないから、平成8年に衆院選に立候補したことで東村山市議会議員の資格を失うことはあり得ない。よって、東村山市議会議員として在職していない朝木が衆院選立候補によって市議会議員の身分を喪失したとする原決定は誤りである。〉(趣旨)

「最高裁判決によって『封印』が解かれたから朝木直子は蘇った。したがって朝木は東村山市議である」――朝木はこう主張していた。いつの時代の話かと思われるかもしれないが、朝木がこう主張していたのは事実である。しかし選挙制度を通常に運用する上で、当選が「封印」されたり解かれたりするような事態が発生することはあり得るだろうか。

 朝木の主張する「封印論」は、何があっても非を認めない矢野と朝木の歪んだ自己主張と自尊心の中でしか成立し得ない主張だったのではないかという気がする。少なくとも「封印」とは、通常の公選法理解の中ではめったに出現しない文言なのではあるまいか。

 1つの当選枠に2人の当選人が存在することはない。そこで朝木は新たに「在職」という概念を持ち出している。「朝木は在職していないから、その期間に衆院選に立候補しても議員資格が失われることはない」と主張している。しかし議員資格については「取得していた」と主張しているのだから、「在職」していようがいまいが、衆院選に立候補した時点で市議資格がなくなることに変わりはなかろう。

 いったんは自ら当選を放棄したにもかかわらず、議席譲渡に失敗すると、今度は議席を維持するために朝木は次から次と自己正当化を繰り返した。議席譲渡事件発生当時と同様に、朝木と矢野は民主主義から最も遠い存在であるというほかない。

(つづく)
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