ブログマガジン エアフォース
ブログで興味深い記事を公開していきます。
著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

最近の記事

カテゴリ

プロフィール

プールマン

Author:プールマン

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

リンク

QRコード

QR

FC2カウンター

「議席取り戻し」事件 第16回(最終回)
矢野が「勝訴」したかのような宣伝

 矢野らは最高裁判決後の選挙会の決定(「当選人を定めることができない」)に対する訴状の中で、「朝木直子の復活が認められるべきであり、朝木はその後に住民票を松戸に移したことが認定されているから、最終的には矢野が繰り上げ当選となる結果に変わりはない」(趣旨)などと主張していた。しかしもちろん、選挙会が決定したのはあくまで朝木の扱いについてであって、「矢野が再度繰り上げ当選となるかどうか」ではない。

 最高裁判決は矢野の繰り上げ当選の可否をめぐるものであり、その前提として問題とされたのは朝木の議員資格が喪失していたかどうか(矢野の繰り上げ当選が決定された時点で朝木が 松戸で実際に生活していたかどうか)だからである。したがって裁判の争点も「朝木の扱い」の当否だった。

 ところが、東京高裁がこの選挙会の決定を取り消す判決を言い渡した翌日に矢野が発行した『東村山市民新聞』平成11年2月号外にはこんな見出しが躍っていた。



(『東村山市民新聞』平成11年2月号外の見出し)

〈矢野議員側 全面勝訴〉

〈ムラ議会はすぐ矢野議員の議席を元に戻せ〉



 これではまるで、最高裁で無効とされた矢野の議員資格が改めて認定し直されたかのように受け取られても不思議はない。前述したとおり、東京高裁の判決の趣旨は「朝木に議員資格があることを前提とすべき」というもので、矢野の身分とは直接には何の関係もない。東京高裁が「矢野の議員資格を認めよ」と命じたわけでもない。

 したがって「朝木側」というのならまだわかるが、〈矢野議員側 全面勝訴〉というのは事実を正確に伝えるものとはいえない。そもそも矢野は「議員」ですらない。ここにも矢野の強い自尊意識がうかがえた。

 プライドの高い矢野にとって、無名の市民によって議席を奪われたことの恨みは想像を絶するものがあったにちがいない。だから矢野は、自分の地位とは直接は関係ないにもかかわらず、あたかも自分が勝ったかのように市民に印象付けたかったのではあるまいか。それどころか、議席譲渡すら正当なものだったと宣伝しようとしているようにも思えた。しかし現実の判決は、あくまでたんに朝木の処遇をめぐるものでしかないのだった。

許されない繰り上げ補充

 仮にこの判決が確定したとしても、東京高裁は、選挙会は朝木が市議になっていたものとして扱うべきといっているにすぎず、その後も朝木の議員資格が認められるべきだといっているのではない。矢野は「勝訴」を強調するが、朝木の市議資格がいったんは認められたとしても、それは風前の灯なのである。

 朝木の議席がいったん復活したとしても、東村山市議会がただちに朝木の東村山市における被選挙権が失われていることを理由に議員資格がなくなったことを決議すれば、朝木の東村山市議としての地位は失われる。矢野らは訴状で、朝木が松戸に住所を移転したと最高裁が一応認定した日は選挙から3カ月以内で、選挙管理委員会は繰り上げ補充をしなければならず、結局は矢野が繰り上げ当選となると主張している。しかしこれは、矢野と朝木のような議席を詐取しようとする悪意がなかった場合の話で、虚偽の住所移転申告による議席譲渡と、それを否定する最高裁判決が出たあとではあまりにも事情が異なる。

 議会に欠員が出た場合に行われる繰り上げ補充の目的はあくまで、議会に広く市民の意思を反映させるためのものである。矢野と朝木の場合、仮に朝木が選挙から3カ月以内に松戸に転出して東村山市の被選挙権を失っていたとしても、転居の目的が民意を踏みにじり、矢野に議席を譲るためであることは最高裁判決で明らかとなった。民意を無視して、彼らの都合で勝手に議席を入れ替えるためであることが明らかであるにもかかわらず、矢野の繰り上げ当選を認めることは許されない。

 この高裁判決が出たのは、議員任期が残り3カ月しか残されていないというタイミングだった。裁判所がそのことを計算していたのかどうかは定かでない。しかしいずれにしても、結果的にこの判決によって朝木が市議として復活することも、もちろん矢野が再び繰り上げ当選人となることもなかった。

追及した市民を誹謗中傷

 議席譲渡裁判は発生から2年半後、最高裁が彼らの企みを無効としたことで終結した。しかし矢野と朝木はこの結果をすんなりとは受け入れず、立て続けに2つの争訟(市議会に対する仮処分申請事件と選挙会決定に対する異議申し立て)を提起した。矢野と朝木が議席譲渡事件によって民意を踏みにじったことについてなんら謝罪の気持ちも反省もないことを示していた。現在も彼らからは反省の気持ちはみじんも感じられない。

 それどころか、ビラ号外で彼らは次のように主張していた。
 
〈これまで、矢野議員の繰上当選の手続を拒否し続けたムラ議員らは、真っ青の大激震となった。同時に矢野議員への損害賠償問題も発生するからである。

 当然といえば当然すぎる判決だが、不正をただす草の根を支持した多くの良識派市民の声が届き、ムラ議員・創価ダミー集団の悪だくみは粉みじんとなった。〉

 よくわからないが、最高裁判決後、改めて矢野の繰り上げ当選を認めなかった東村山市には矢野に対する損害賠償問題が発生するという。「矢野を議員にしなければ訴えるぞ」という、矢野の常套手段である脅しであるようにも思えた。

 さらに矢野は、議席譲渡を追及した市民を「創価ダミー集団」とレッテルを貼り、誹謗中傷している。それによって彼らを追及した市民の社会的評価を低下させ、あくまで議席譲渡を正当化しようとしていることがわかろう。常に利己優先であり、かつ他に対して常に優越していなければ気がすまない矢野と朝木の特異性をまざまざと見せつける主張というほかない。矢野はこう主張することで、彼らを追い詰めた市民や彼らのいいなりにならなかった東村山行政や議会に対して仕返ししたかったのだろう。

民主主義からは最も遠い存在

 彼らのいう「議席取り戻し」裁判もまた議席譲渡事件同様に、東村山市議選で示された民意を無視し、彼らのみの思惑で議席を決定しようとするものであり、民主主義を支える根幹である選挙制度に対する挑戦だった。議席譲渡事件の問題の本質は法律解釈の問題ではなく、民意が無視されたことにある。

 矢野は選挙会の決定に対する彼らの主張が認められたことに勝ち誇った。矢野も朝木も、議席譲渡事件の何が問題なのかを理解できないのだろう。彼らがこの裁判を起こしたこと自体、彼らが最も民主主義から遠い存在であることをあらためて示しており、その事実は現在もなんら変わっていない。

 選挙民が市民の代表を直接選ぶ選挙制度を根底から揺るがした議席譲渡事件の発生から20年がたった。しかし当人たちがいまだなんらの反省も謝罪もしないかぎり、議席譲渡事件をただの遠い過去の出来事として片づけてはいけないのではあるまいか。

(了)
関連記事

TOP