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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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『聖教新聞』事件 第32回
目撃証言に難癖

 被害者は自分が見たままを正直に答えただけで、明代を陥れようなどという意図がないことは明らかだった。万引き犯が誰なのかはわらかなかった目撃者が2名の目撃者も、面通しの結果、明代と犯人の同一性を認めている。誰かさえわからない人間に対して、なんらかの意図など働かせるはずもない。犯人が誰かを知っていた目撃者と知らない目撃者の複数の目撃証言を総合した結果として「万引き犯は朝木明代である」と認定されたのである。その過程に事実以外のいかなる要素も加わっていない。

 これに対して矢野は、被害者や目撃者の対応に不審な点があるなどとする趣旨の主張をしていた。ところが事件から20年がたち、目撃証人に関する矢野の主張の中に、明代の犯人性を逆に立証する「自白」が含まれていたことが最近になって判明した。「明代を東村山市議だと知っていた」目撃者に関する主張である。

 矢野は陳述書で次のように供述していた。



(「目撃証人」に関する矢野の供述)

〈目撃証人とされながら、店主・○○(万引き被害者)は一切その人物について、明らかにしようとしていませんが、少なくとも店内の馴染みの女性客には、……〉

〈この「万引き」騒ぎに関して、「犯人は朝木だ」とか、店主に「警察に行け」などと、中心的役割を果たしている目撃者とされているファミリーレストランに勤務したことがある「店内の馴染みの女性客」について、……店主・○○は最大の証人としているのですから、……ただちに明らかにすべきです。未だに、住所・氏名を公表できないのは、公表できないような信用性に乏しい事情があるといわざるをえません。〉(筆者注=○数字は筆者)



 矢野自身が〈一切その人物について、明らかにしようとしていません〉と認めるように、矢野と朝木のお礼参りの被害にあっている被害者が、目撃者の身元が矢野に知られるようなことをするはずがない。

詳しすぎる情報

 さて上記の矢野の供述のうち、で万引き被害者が目撃証人についていっさい明らかにしていないことを認めているにもかかわらず矢野は、店内にいた目撃者が被害者の「馴染みの客」と断定している。しかし、被害者が証人についていっさい明らかにしていないことを知っている矢野が、店内にいた客を「馴染みの客」と知りうるはずがない。

 矢野はこう断定することによって、「馴染みの客」だからその証人は最初から被害者側の人間であり、その証言には信用性がないと主張したかったものと思われる。しかしそもそも「馴染み」の度合いも不明確である上に、むしろ明代のアリバイを主張している矢野と明代の関係はとうてい「馴染み」などというものではなかったようなのである。

 さて、上記の矢野の供述の中には、矢野が知りうるはずがない情報がもう1点含まれている。矢野は「馴染みの客」が〈ファミリーレストランに勤務したことがある〉人物だと記載している。「勤務したことがある」とは、過去には勤務していたが、現在は勤務していないという意味を含む。しかも勤務していたのはファミリーレストランだというのである。

 仮に警察が事情聴取でこの目撃者の過去の勤務先を聞いたとしても、そんな個人情報を被疑者であり、しかも犯行を否認している明代に教えることはあり得ない。また一方、被害者が目撃証人に関する情報について、名前や住所をはじめいっさい明らかにしていないことを矢野はこの陳述書で認めている。

 すると、そうであるにもかかわらず、矢野は「馴染みの客」に関する過去の勤務先までどうして知り得たのだろうか。きわめて不思議な矛盾だった。名前だけというのならまだしも、過去に限定された勤務先という詳細きわまる情報を矢野はなぜ知っているのか――矢野が陳述書を提出した当時から、この点に私は違和感を覚えていた。

笑殺された与太話

 平成26年8月31日、「行動する保守」Aが、香川大学教授が聞いたとする「拉致目撃談」を引っさげて東村山にやって来た。矢野も相手にしない与太街宣であるばかりでなく、矢野とは無関係であることを市民に表明させられただけの街宣だった。

 もちろん「行動する保守」Aほどの重鎮がそのことを自覚していないことはなかろう。しかしそうであるにもかかわらず「行動する保守」Aが東村山で街宣を行ったのには、それなりの目的と理由があったということと理解している。もちろんこの重鎮が支持者に内情をさらすはずはない。私と千葉は、「行動する保守」Aがどこまでも狡猾で、平気で嘘をつける人物であることをあらためて確認した。

 この日はその確認だけが収穫と思うしかない不幸な1日として終わるかと思われた。ところが街宣の終了後、被害者の無事を確認しに行ったところ、「行動する保守」Aの与太話を一瞬でかき消してしまうほどの鮮烈な収穫が私たちにもたらされた。被害者が最近知ったという明代の万引き事件に関する2つの新情報だった。

「行動する保守」Aのデマ街宣を取材しに行かなければ、新情報を知ることもなかったかもしれない。その意味では、これまで東村山に多大な迷惑をかけてきた「行動する保守」Aは、矢野の意に反し、最後の街宣(普通の感覚ではそう思う)で思わぬ貴重な社会貢献をなしたのかもしれなかった。

(つづく)
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