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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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『聖教新聞』事件 第33回
きわめて正確だった矢野の記述

 平成26年8月31日、東村山駅東口で「行動する保守」Aが行った間の抜けた街宣の終了後、私と千葉は万引き被害者から2つの新しい証言があったことを知った。

 1つは、矢野が陳述書で〈中心的役割を果たしている目撃者とされているファミリーレストランに勤務したことがある「店内の馴染みの女性客」〉と記載した目撃者に関する情報だった。被害者が聞いたところによると、この目撃者は万引き事件が起きる以前、矢野のいうとおりファミリーレストランで働いていたという。被害者もそのことを最近知ったのである。

 千葉も初めて聞く事実だった。そもそも目撃者が以前どこで働いていたかは明代の万引きとは無関係だから、警察もこの目撃者が以前どこで働いていたかなど聞かなかったのである。

 すると矢野は、「店内の馴染みの女性客」という目撃者が「かつてファミレスで働いていた」という事実をどうして知り得たのだろうか。被害者はいっさい明らかにしていないと矢野は認めているし、その事実を知らなかった警察から教えられるはずもない。

 被害者が聞いた話によれば、目撃者が勤めていたのは当時、明代の自宅からも「草の根」事務所からも徒歩で5分以内の位置にあったファミリーレストランである。東村山駅の1キロ圏内には4つほどのファミレスがあったが、その中でも明代の自宅に最も近かった。

 そのファミレスは和食系の店で、明代はよく食事に来ていた。つまり明代は常連客だったから、目撃者はよく顔を知っていただけでなく、明代が市議会議員であることを知っていたのだという。

 では万引き事件当時、目撃者がなぜもう勤めていなかったのかというと、そのファミレスは平成7年2月(万引き事件の4カ月ほど前)で閉店していた(ちなみに現在は、ネットカフェになっている)のだった。したがって、矢野が陳述書に記載した「勤務したことがある」という記述はきわめて正確な情報だったのである。矢野はなぜそんなことまで知っていたのだろうか。

目撃者を知っていた人物

 目撃者は万引き事件発生時には店内にいた。しかし店主が万引き犯を追いかけて行くとすぐ店先に出て、10メートルほど先で店主が犯人を問い詰めている光景を目撃した。問い詰められていたのは、かつて務めていたレストランで客と従業員として何度も顔を合わせたことのある市会議員だった。

 10メートルしか離れていないのだから、目撃者は容易に明代の顔を確認できた。すると当然、明代の側から見ても、店先からこちらを見ているのがファミレスで何度も会ったことのある女性であることに気づいたとしてもなんら不自然ではない。というよりも、店から見ている目撃者が「ファミリーレストランに勤務したことがある人物」であることを知っていたのは、万引き現場には明代しかいなかった。

 すると、被害者も警察も知らない事実を、矢野がきわめて詳細かつ正確に知っていた理由は、万引き現場で明代がこの目撃者の存在を確認しており、その事実を矢野に伝えていたからであると考える以外にない。つまり、矢野が目撃者に関して陳述書に記載した内容は犯人しか知り得ない事実であり、「秘密の暴露」にほかならない。

 すなわち矢野は目撃者に関する詳細な情報を記載したことによって、明代が万引き犯であることを認めていたということだった。目撃者に関する新情報は、矢野の陳述書の記載を再確認することによって、明代が万引き現場にいたことを裏付ける重要な証言となった。

 矢野は明代以外には誰も知らなかった目撃者の情報を記載することで、目撃者を牽制でもするつもりだったのかもしれない。しかしそれから20年がたち、矢野が目撃者について記載した内容は、明代が万引き犯であるという事実を裏付けることとなったのである。

 平成7年10月7日、東村山署の取調室で「日替わりランチ」のアリバイを否定された矢野は、次々に食事の時間帯を変遷させて自滅した。その事実と今回明らかになった目撃者に関する新情報を重ねると、明代が万引き犯であるという事実が動かしがたいものであることがより鮮明なものとなろう。明代にとって、自分もよく知っている「ファミリーレストランに勤務したことがある人物」に目撃されていたことも、起訴後を悲観させる要因だったのかもしれない。

新たな目撃情報

 もう1つの証言は、万引き直後の明代だったのではないかと推測させる目撃情報だった。その目撃情報とは、万引き事件のあった日、「店内に明代が飛び込んできた」というものだった。その店がどこなのか、時間帯も特定できなかった。しかし一般に、人が店に「飛び込む」という状況はそうそうあることではない。少なくとも通常の入り方ではないといってよかろう。

 明代が「店内に飛び込む」という異常な行動をとるには相当の理由がなければなるまい。明代が異常な行動をとってもおかしくない理由とは何だろうか。またその時間帯はいつで、店とはどこなのか。最も自然に想定されるのは、万引きをして店主に問い詰められた直後である。店主から逃げた明代はイトーヨーカドーに逃げ込んだのである。

 明代が逃げ込んだのはイトーヨーカドーの西側入口で、入口ドアは歩道から階段を数段降りた位置にある。逃げてきた明代が階段を駆け降り、その勢いのまま店内に入ってきたとすれば、店内から見ればそれはまさに「飛び込んできた」という光景である。目撃者が見たのはイトーヨーカドーだったと推定するのは不自然とはいえまい。

 万引きが見つかって問い詰められなければ、明代はイトーヨーカドーに「飛び込む」こともなかったのである。したがってこの新証言もまた、明代の万引きの事実を裏付ける有力な傍証といえるのではあるまいか。

(つづく)
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