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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『聖教新聞』事件 第35回
矢野が主張する「スーツ」の色

 矢野が服装の点から明代の万引きを否定するには、被害者の証言する「グリーングレー」が事実と異なることを証明しなければならない。被害者が証言する「グリーングレー」は「緑がかった色」で「薄い色」で、モノクロである銀行の静止画像では白っぽく映る。したがって矢野は、野田が提供した目撃者の証言なら明代と万引き犯との同一性を否定できたとしても、被害者の証言が明代の当日の服装とは異なることを立証しなければ明代の万引きを否定することはできない。

 そのためか、「被害者が見た万引き犯の服と明代の服の色」について矢野は、陳述書で次のように主張していた。

〈店主が……主張している「白灰色っぽい、薄い緑色」という犯人の服装も、当日の朝木議員のスーツの色とは違っており、……チャイナカラーのブラウスなども着ておりません。当日朝木議員が着用していたスーツは、遺族が保管していて、洋品店主の主張する「白灰色っぽい、薄い緑色」ではないからです。〉
 
 そのスーツの色とはベージュだった。矢野と朝木の主張によれば、彼らは〈検察官から(明代の銀行振込の際の静止画像を)合計2度にわたって〉見せられ、その色合いと形状を記憶して帰った(筆者注=もちろん画像は白黒だから、「色」といっても白黒の濃淡によって推測する以外にない)。その記憶に基づいて保管しているスーツを探したところ、静止画像と特徴がぴったり一致するスーツを発見したのだという。そのスーツの色はベージュで、上着の裾に紐が通っていて裾を絞れるようになっているという特徴があると、矢野は主張していた。

 確かに明代は矢野がいうスーツを以前にも着ていたことがあるから、それが明代のものであることは確かなようだった。しかし、「裾を絞れるようになっている」というような際立った特徴のあるスーツを着ていたと矢野がいうにもかかわらず、明代はなぜそのことを思い出さなかったのだろう。

「パンツスーツを着た万引き犯」

 万引き被害者が犯人の服装について「グリーングレーのパンツスーツ」だったと証言していることを明代が知らなかったわけではない。それどころか明代は、『週刊新潮』の記者から目撃者が「(犯人は)グレーっぽいパンツスーツ」だったと証言していることを知らされ、こうコメントしている。

「当日の服装は覚えていませんが、私はグレーのパンツスーツなんて持っていませんよ」

 遅くとも平成7年8月の上旬に明代は目撃者が「犯人の服装はグレーっぽいパンツスーツ」と証言していることを知った。その上で明代は「グレーのパンツスーツなんて持っていない」と答えていた。明代は「グレー」は否定したものの、「パンツスーツ」までは否定しなかった。

 目撃者の証言する万引き犯の服装がパンツスーツだったことと、明代の当日の服装がパンツスーツだったことは、被害者や犯人を「市議だ」と証言した目撃者の存在などを総合すれば決して偶然の一致では片づけられない。明代が「パンツスーツ」を否定しなかったことは重要である。明代は「グレーのパンツスーツなんて持っていない」というのなら、何色のパンツスーツを持っていたのかを明らかにすべきだろう。

 明代が潔白だとすれば、少なくとも当日何を着ていたのか思い出そうとしただろう。自ら「グレーではない」パンツスーツと限定しているのだから、探し出すのにそれほどの困難があるとも思えない。しかし明代が万引き事件当日、どのパンツスーツを着ていたのか思い出そうとした形跡はうかがえず、明代の口から事件当日のパンツスーツの色が明らかにされることもなかった。

 なぜなのか。仮に警察に対して別のパンツスーツを着ていたと主張するのなら、それを証拠として提出すればよかろう。銀行振込の静止画像と照合すれば、それが本当に当日の服装かどうかすぐに明らかになる。

 またそれが、矢野があとになって主張するパンツスーツなら、とりわけ裾を絞れるようになっている際立った特徴があるから、静止画像と整合するかどうかはより明らかだろう。しかし明代は、自分が着ていたパンツスーツを特定もしなかったし、証拠提出もしなかった。「出せなかった」とみるのが自然ではあるまいか。あるいは、東村山署でアリバイを崩されたことのショックがあまりにも大きかったのだろうか。

矢野が思い出した不思議

 明代は『週刊新潮』から聞かれても事件当日の服装を明らかにしなかった。しかし、被害者の「グリーングレーのパンツスーツ」という証言は一貫して変わらない。したがって矢野あるいは明代が「ベージュのパンツスーツだった」と思い出して、それが事実であることが証明されれば、明代は万引き犯でないことが裏付けられたはずである。

 仮に矢野の主張するパンツスーツが明代が当日着ていたものだとすれば、矢野はなぜ東京地検の呼び出し前に明代と一緒にどのパンツスーツを着ていたかを思い出そうとしなかったのか、または思い出せなかったのか。

 矢野と朝木直子は「東京地検で静止画像を見せられたので着ていたスーツが判明した」という。しかし明代は『週刊新潮』に対して「グレーのパンツスーツなんて持っていない」と答えながら、着ていたパンツスーツを思い出そうとしなかった。彼らの主張からは、『週刊新潮』の取材後に明代が当日のパンツスーツについて調査した形跡はまったくうかがえない。

 にもかかわらず矢野は、事件から2年もあとになって、被害者が見た万引き犯の服装は当日の明代の服装ではないと主張したのみならず、明代が着ていたパンツスーツの色とその特徴まで特定できたというのである。むしろ、このこと自体が不自然なのではあるまいか。

 明代本人が思い出せなかったものを矢野が思い出したとは、やはり普通に考えて違和感をぬぐえない。東村山署から虚偽であると見破られた虚偽のアリバイもそうだった。「万引きの時間帯はレストランで食事をしていた」という「アリバイ」を最初に「思い出した」のも、明代ではなく矢野だった。その「アリバイ」は虚偽であることが判明し、明代は書類送検されることになった。

 明代本人が思い出そうとすれば十分な時間的猶予があったにもかかわらず本人が「思い出せず」、「思い出した」のは当の本人ではなく矢野だったという点で、アリバイ工作の経過と酷似していた。

(つづく)
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