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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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『聖教新聞』事件 第45回
「自宅に異変はなかった」

 午後9時19分に明代が自宅にいたことは、矢野が法廷に提出した朝木宅の電話発信記録から、それが客観的事実であることが証明されている。明代は矢野に「休んで(から事務所に)行きます」といったのだから、そのまましばらく自宅にいたのだろう。すると、矢野と朝木の主張に従えば、明代は自宅にいたところを拉致されたと考えるのが自然である。

 ところが朝木は尋問で、「自宅からの拉致」を否定する供述をしている。朝木は午後10時前に事務所の矢野に電話すると矢野はこう答えたという。

「おかあさんから、9時すぎに電話があって、『気分が悪いので休んで行く』といっていたから、自宅だと思うよ」(『東村山の闇』)

 この時点でも矢野は、「明代は拉致された」とはいっていない。事務所に明代がいないことを知った朝木は、矢野が心配な様子をみせていないにもかかわらず、すぐに自宅に向かった。朝木が自宅に到着したのは10時25分だったという。仮に明代が拉致されたとすれば、女性とはいえ、力ずくで1人の大人の体の自由を奪うわけだから、家の中には多少なりとも痕跡が残るだろう。ところが、自宅に帰り着いた朝木は、自宅になんらの異状も感じなかったと供述している。何もなかったということは、明代は自分で自宅を出たということである。

2時間電話しなかった矢野

 では、自宅を出た明代はどこへ行ったのだろうか。明代の行き先を推測させるのが、その後に朝木が矢野にかけた電話と、矢野の対応だった。自宅に明代がいないことを確認した朝木は午後10時30分、事務所の矢野に電話し、警察に連絡してくれるよう依頼した。矢野は朝木の電話を受けてすぐに東村山署に連絡したと説明している。

 ところが実際に矢野が東村山署に電話したのは翌9月2日の0時30分ごろだった。矢野は対応した警察官に「昨日の午後9時15分ごろ事務所に電話があって、少し休んでから事務所に行くといっていたのに、この時間になっても来ないので」と説明したというのである。「昨日の午後9時15分に電話があってから」といっているのだから、矢野が電話したのが朝木が依頼した直後ではなく、日付が変わった時刻だったことは明らかだった。

 では矢野はなぜ、朝木に頼まれた直後に警察に電話しなかったのだろうか。また警察に連絡したのが9月2日だったにもかかわらず、なぜ朝木から「頼まれた直後に電話した」と説明したのだろうか。

 普通、夜の10時半という時間に、事務所に来るはずの市議会議員が来ず、自宅にもいないからといって警察に安否を問う者などいない。あるとすれば、何かよほどの事情がある場合に限られよう。警察が通報者に事情を聞くのは当然と思われる。

 当時、明代はすでに東京地検から呼び出しを受けていて、客観的にみて、家族が安否を心配してもおかしくない状況にあった。だから朝木は警察に連絡してくれるよう矢野に依頼した。自分で電話しなかったのはおそらく、母親の万引きのことを説明しなければならないのがいやだったのだろう。

 では、朝木から警察に連絡してくれるよう依頼された矢野はどうだったか。午後10時30分という時間帯に、警察に市議会議員の安否を尋ねるなど普通では考えられない。矢野が明代の安否を心配する必要はないと感じたなら、「その必要はないと思うよ」と朝木の依頼を断るのではなかろうか。あるいは「もうちょっと様子をみてからにしよう」とでもなだめるのではあるまいか。

 ところが矢野は、朝木の依頼を断らず、しかもその直後に警察に電話したと言い張った。ここには矢野のきわめて複雑な心理がのぞいていよう。矢野があわてて電話をかけてきた朝木の依頼を断らなかったのは、それだけの事情があることを矢野も知っていたからだろう。

 しかし矢野には、朝木以上に警察から事情を聞かれることを避けたい事情があった。だから矢野は、それから2時間もの間、警察には連絡できなかった――。そう推測できるのは、矢野が朝木から頼まれてからすぐに警察に電話したと言い張り、電話したのが翌日だったことを現在も否定し続けているからにほかならない。

重大な心境の変化

 矢野には警察への連絡を2時間も遅らせるだけの理由があったはずである。その理由をうかがわせるのは、矢野が対応した警察官に話した内容にあった。矢野は警察官に「そちらに行っていないかと思って電話を入れたのです」と説明したのだった。9月1日の夜9時19分よりのちに、明代が警察に行くかもしれないと、矢野はなぜ思ったのだろう。

 万引き容疑で書類送検され、東京地検から近く(転落死から4日後)取り調べが行われることが決まっていた明代が「警察に行く」というのはきわめて重要なことである。あくまで否認するのなら、堂々と地検で無実を主張すればいい。したがって、地検の取り調べを前に明代が東村山署に行く理由は、万引きの事実を認めて謝罪するため以外にはあり得ない。

 明代が東村山署に行くということは、当然、矢野にとってもきわめて重要なことであるのはいうまでもない。明代が万引きの事実を認めれば、それまで矢野が主張していたアリバイは嘘だったということになるからである。矢野にも世論の批判が向けられ、矢野のの市議会議員として立場は危うくなろう。したがって、明代が「警察に謝りに行く」といい出したとすれば、それを矢野がすんなり受け入れるはずがない。なんらかの衝突があっても不思議はない。

 問題は、矢野にとっても命取りとなる重大な明代の心境の変化を、矢野がいつ知ったのかということである。9月1日夜、矢野は午後7時ごろに事務所を出て自治会長会議に出席し、午後9時過ぎに事務所に帰ってきた。9時19分に明代から電話がかかった際、「休んで行きます」という明代に対して矢野は「はい、はい」と返しただけである。

 仮にその時点で、明代が警察に行くかもしれないことを矢野が知っていたとすれば、何をおいてもまず最初にそのことを聞くのではないだろうか。明代の電話に対する矢野の対応はあまりにも冷淡であり、なんらの危機感も感じられない。つまり、明代が最後の電話をかけた時点で、矢野は明代の心境の変化をまだ知らなかったとみるのが自然である。

 すると矢野はいつ、明代が警察に行こうとしていることを知ったのか。矢野がそれを知り得たのは、明代が9時19分に矢野に電話をかけてから転落死を遂げる午後10時までの間しかない。

(つづく)
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