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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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『聖教新聞』事件 第46回
明代の気持ちを知った手段

 平成7年9月1日夜、東京地検の取り調べを間近に控えた明代が、警察に行って謝罪したいと考えていたことは、矢野が警察に電話で話した内容から明らかだった。矢野はそれをいつ知ったのか。午後9時19分に明代が電話をかけた際、その件に関して矢野は明代に一言も聞いていない。電話での会話の内容からすれば、この時点で矢野は明代の心境の変化をまだ知らなかったことがうかがえる。

 すると、明代が警察に行きたいと考えていることを矢野が知り得たのは午後9時19分の電話のあとから明代が転落死を遂げる午後10時までの間ということになる。矢野はどうやって、明代が警察に行こうとしていることを知ったのか。

 その可能性は、固定電話か第三者が伝えたのか、あるいは直接本人から聞いた――この3つしか方法はない。当時はまだインターネットもなく、携帯電話もそれほど普及していなかったし、彼らのコメントやあらゆる記事の中に「携帯電話」はまったく登場しないから、携帯電話で伝えた可能性は排除していいと思う。

 明代は9時19分に矢野に電話をして以後、自宅から電話をかけた記録はないから、固定電話ではない。これまでの矢野と朝木のコメントや『怪死』『東村山の闇』を見る限り、明代の気持ちを誰かが事務所に行って矢野に伝えたという記録もない。

「自宅から拉致された」と主張する緊迫の時間帯に第三者が明代の気持ちを矢野に伝えたという事実があれば、いっさい記録がないということも考えられない。したがって、第三者が伝えた可能性もない。

 こう考えると、矢野が「警察に行きたい」とする明代の気持ちを知り得たのは、本人から直接聞く以外にその可能性はなかったことになる。

事務所に行った可能性

 では、矢野はどこで明代から本心を聞いたのか。矢野は明代とともに9月2日(土曜日)から高知に行く予定だった。ところが9月1日午後9時過ぎ、議会事務局からの電話で9月議会の一般質問の通告書提出期限が9月4日(月曜日)の午前中と決まったことを知らされる。

 彼らが帰京を予定していたのは9月3日の日曜日である。このため矢野は、〈高知へ出発する前に、「質問通告書」を完成させて提出できるように準備しておかなくてはならない。〉(『東村山の闇』)という状況にあったという。

 矢野は9時19分に明代からの電話を受けたあと、ずっと事務所にいて、質問通告書の準備を進めていた。これまで表に出た矢野や朝木のコメント、あらゆる記述の中にも、9時19分に明代からかかった電話のあとに矢野が事務所から外出したという記載はいっさいない。すると、事務所を1歩も出ていない矢野が「警察に行きたい」という明代の気持ちを明代本人から直接聞くには、明代が事務所に行く以外にその可能性はないという結論になる。

『東村山の闇』には、明代が「最後の電話」で「休んで(事務所に)行きます」と伝え、矢野もまた明代が「行きます」といったのだから、事務所に戻ってくるだろうと思ったとする趣旨の記載がある。明代が矢野にそう伝え、矢野もまた当然のようにそう受け取ったように、明代は9時19分の電話のあと、明代は事務所に行ったのだろう。

 明代はそのとき矢野に、「警察に謝りに行きたい」と相談をもちかけた――。矢野が9月2日0時30分に警察に電話した際、「そちらに行っていないかと思って」と説明した背景にはこんな事情があったと推測しても合理性がないとはいえまい。

 9時19分の電話のあと、明代が事務所に行ったとすれば、明代は事務所から転落現場のビルに向かったと考えるのが自然である。事務所から現場ビルまでは徒歩で2、3分。現場付近の住民がドスンという音を聞いたのは午後10時ごろだから、逆算すると、明代は遅くとも午後9時50分ごろには事務所を飛び出したということになろうか。

 それから転落するまでのわずか10分の間に明代が何者かによって拉致され、落とされるなど、常識的にはあり得ない。それでもなお、その10分の間に拉致されたと主張するのなら、より確かな証拠を示さなければならない。しかし、矢野がその証拠を示したことはただの1度もない。

警察には行かなかった明代

 事務所に行った明代は矢野に「警察に行って謝りたい」と懇願したのだろう。明代にしてみれば、地検に対してアリバイを主張する上申書まで提出しているのだから、いまさら万引きの事実を認めて謝罪するということは、ギリギリのところまで追い詰められ、疲れ果てた末の結論だったことは想像に難くない。

 一方、矢野の立場からすると、明代が自首するということは矢野もまた証拠隠滅の共犯として道連れにされることを意味する。そもそも万引きしたのは明代で、なぜ自分が巻き添えにならないといけいなのかという思いがあったとしても不思議はない。一種の修羅場といえるような激しいやりとりがあったのかもしれない。

 最終的に、明代は東村山署には行っていない。この事実からは、矢野は明代の訴えを了承しなかったということだろう。――矢野が9月2日午前0時30分に東村山署に電話して説明した内容からは以上のことが推測できた。

 明代は自ら罪を認める道を矢野によって断たれたといっていいかもしれない。やり直す道を断たれたと言い換えることもできよう。自らが招いたこととはいえ、矢野の対応によっては、最悪の結果を避けることはできたのではなかったろうか。

(つづく)
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