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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『聖教新聞』事件 第49回
矢野が主張しなかった「証言」

 ところで、矢野が「明代は殺された」と主張し、そう信じる理由としてこれだけ多くの「根拠」を挙げながら、明代の転落死直後には主張していたにもかかわらず、不思議なことに裁判では一言も触れなかったものが1つあった。現場のビルに「明代を連れ込むのを見た」という「目撃情報」である。「朝木のポケベルに444の文字が打ち込まれた」「門柱放火事件」と比較しても、はるかに直接的で重要な「情報」と思える。

 そんな重要な「目撃証言」に、矢野はなぜいっさい触れなくなってしまったのか。1度口にしたことはめったに撤回することのない矢野が、いつの間にか引っ込めてしまったきわめて希な例でもあった(明代の自殺に関しては「事務所からの拉致説」も撤回した)。

 余談になるが、この「目撃証言」なるものもまた、明代の自殺を「他殺」としていいくるめようとする過程で登場した主張の1つとして、その発生と衰滅の経緯をあらためて振り返っておこうと思う。「行動する保守」Aや教授Tのように、明代の自殺から20年がたとうとするいまごろになってこの話を蒸し返す者も現れているので、あらためてその起源をたどり、信憑性を問うておくことにも意義があろう。

 さて、問題の「目撃情報」がマスコミに登場するのは矢野が『週刊宝石』でコメントしたのが最初である。矢野はこうコメントした。



(『週刊宝石』における矢野のコメント)

〈『朝木氏が4人の人にビルへ連れ込まれるのを見た』……など、こちらには新たな話が集まっています〉(平成8年4月18日号)



「4人」とは事実のいかんにかかわらず重要かつ具体性のある情報といえる。しかし矢野は結局、この「情報」の出所も信憑性もとうとう明らかにしなかっただけでなく、その後いっさい触れさえしなかった。

 これでは実際に外部からもたらされた「情報」なのか、矢野自身の口からでまかせなのかさえ判断がつかない。それどころか、仮にそのような事実が存在しないとすれば、「4人」という具体性のある情報である分、よけいに捏造の可能性を疑われることになりかねない。

数日後の「目撃証言」

 明代の転落死から数日後、矢野の上記コメントの内容に共通する次のような「情報」が東村山署に寄せられていた。男は「静岡から電話している」といい、氏名を名乗った上で次のように話した。

「当日、例のマンションに女性が4名ほどの男に担がれていくのを見た。2人で見た。明日、警察に行く。あれは自殺ではなく、創価学会の犯行だ。警察は学会を恐れているのか」

 翌日、同じ男とみられる匿名の人物から再び電話があったので、副署長の千葉が対応した。男は、今度はより具体的にこう話した。

「私は4名の創価学会員が朝木市議をマンションに連れ込むのを目撃した」

 出頭はしなかったものの、2日続けて電話をしてくるとは無視できない情報だった。しかもなぜか、当初は「4名ほどの男」だったのが「4名の創価学会員」となり、「女性」が「朝木明代」へとより詳しくなっていた。最初からなぜそういわなかったのか。その人物に千葉はこう聞いた。

「先日電話をくれた人ですね。目撃した際になぜ110番をしなかったのですか? その4名が創価学会員とどうしてわかったのですか?」

 暗がりで、「4人の男がすべて創価学会員」と特定するのは至難の業である。さらに、担がれていたのが「朝木明代」であると特定できたとは、その人物は偶然明代をよく知っていた人物だった上に、よほどの至近距離から見ていたということになろうか。

 しかし男は千葉の質問には答えず、「ばかやろう、お前も創価学会から金をもらっているのか」と怒鳴り、一方的に電話を切った。これが事実ならきわめて重要な証言であることは間違いない。

「2人」で見たといい、「創価学会から金をもらっているのか」とまで非難するのなら、その人物とともに直接東村山署に出頭し、目撃内容を説明すべきだろう。しかしついに男が出頭することはなく、それきり電話もかけてくることはなかった。この「情報」なるものをどう判断すべきなのだろうか。

触れなくなった矢野

 矢野の『週刊宝石』におけるコメントでは、「犯人」は「4人」である。当事者の人数は情報の中でも最も重要な部分だから、人数が一致しているところからすると、矢野の情報の出所は「静岡から電話してきた男」と同一である可能性が高い。ところがなぜか、電話の男がその後警察に電話してこなくなったのと同様に、矢野もまた『週刊宝石』でコメントしたあといっさいこの「情報」について触れていない。

「明代は殺されたのだ」と主張する矢野からすれば、これほど「他殺」に直接的に結びつく情報はない。にもかかわらず、矢野はこの「目撃情報」についてその後、いっさい口をつぐんだ。

 なぜなのか。タレ込みや矢野がコメントした内容およびその後の経緯からすれば、「4人の犯人」という「目撃情報」なるものが捜査の攪乱を目的とした捏造で、そもそも信憑性がないからだとみるほかあるまい。

 しかし「少年冤罪事件」がそうであるように、こと矢野に限っては、虚偽だから主張を引っ込めるという単純な理屈は成り立たない。どれほど明らかに嘘と判断できようが何だろうが、自分に都合がいいと思えば徹底的に押し通すのが矢野のやり方なのである。

 そう考えると、矢野がこの「目撃情報」を口に出さなくなったのは、たんに捏造だからというだけでなく、矢野にとって何かよほどの不都合があったとみるべきなのかもしれなかった。

(つづく)
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