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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『聖教新聞』事件 第53回
その場限りのコメント

 矢野は明代の自殺後、「明代が殺されたと考えられる理由」として事実が確認されていない多くの事件を主張し、『聖教新聞』裁判でもほぼ同じ主張を行った。ただ裁判での主張の中に、矢野が最初にコメントした伝聞による「犯人の目撃証言」(=『週刊宝石』平成8年4月18日号)だけは含まれていなかった。

 ちなみに『週刊宝石』のコメントは、「『朝木氏が4人の人にビルへ連れ込まれるのを見た』『消えたはずの靴は、直後に6階の空き部屋で発見されていた』など、こちらには新たな話が集まっています」というものである。しかし、靴に関する矢野情報のような事実はまったく存在しない。そもそも、マンションに空き部屋があったとして鍵がかかっていないはずがなく、「犯人」が明代の靴を隠したなど、作り話であることがすぐにバレる話である。

 そう指摘されたのか、矢野もその後はいっさい主張していない。つまりこの「靴」の情報も含め、『週刊宝石』のコメントにある「情報」はいずれも、矢野がその後いっさい主張しなくなったものということになる。

「靴」についてはともかく、「4人の犯人」の目撃情報について矢野は裁判で一言も触れず、また「行動する保守」Aの「内部告発」や教授による「伝聞の伝聞」が公表された際にもいっさい関わろうとしなかった。またウェブ版『東村山市民新聞』で「行動する保守」Aが東村山で街宣を行ったことを紹介しながら、「内部告発」については「新しい情報」と記載したのみで内容に踏み込もうとしないのはむしろ奇異に思えるほどだった。

「行動する保守」Aの主張する「内部告発」が「3名の犯人と思われる人物を特定していた」とする内容であることぐらいは記載してもよかったのではないかと思うのが普通ではあるまいか。しかし、それが与太話であることが確定した場合には、矢野もまたその与太話を信用していたという事実が残ってしまう。だから矢野は「内部告発」の中身については言及しなかった――そう理解するのが自然だろう。

 矢野の読みどおり、千葉が提訴した裁判で立証を求められた「行動する保守」Aは、とうとう「内部告発」は与太話であると自白に追い込まれた。「読み」ではなく、矢野には「内部告発」が眉唾であるという確信があったのだろう。

矢野も認めた管理人の存在

「行動する保守」Aの「内部告発」以前に、平成7年にあった匿名の男によるタレ込み、矢野の週刊誌でのコメント以外に、「他殺説」を主張する根拠としてもう1つの「目撃談」なるものがあった。

「私は事件があった日の夜9時30分ごろに現場の駐車場で不審な男が2~3人で話をしている声を聞いていました。……」(死亡現場近くの住人)=(『週刊現代』平成7年9月23日号)

 というものである。『週刊現代』以外にも『創価学会を折伏する』(「幸福の科学」の雑誌)、乙骨の『怪死』および『東村山の闇』にも同趣旨の記載がある。ここでいう「現場の駐車場」とはマンションの裏側にある駐車場を指している。

 この駐車場は自民党支持者が経営していたもので、マンションの裏側すなわち明代が転落したビルの階段手すり側に位置している。駐車場の出入り口には管理人が常駐しており、車の出入りを常時チェックしていた。この駐車場に管理人がいたことは『怪死』にも『東村山の闇』でも記載している。『東村山の闇』には〈(明代が転落した後)店長は隣接する駐車場に管理人がいるのを認め〉とする記載がある。

 すると、仮に「目撃者」のいう時間帯に駐車場で2、3人の人が話をしていたとしても、彼らが管理人に見られていないことはあり得ず、したがって彼らが明代を「拉致した犯人」とみることはきわめて難しい。その上、警察の聞き込みではそのような「目撃者」は存在しなかった。

 仮にその「目撃者」が見たという「2、3人の不審者」が「拉致犯」だったとしても、午後9時30分にわざわざ目立つ場所に車を停め、わざわざ外に出て「拉致の」相談をするとは考えられない。むしろ時間帯からみて、その時点でもう明代を拉致していなければその30分後に明代を転落させることは難しかろう。

 その時点で彼らがすでに明代を拉致していたと仮定すると、彼らは車に明代を押し込んでいたと考えるほかないが、そう仮定したとしても、好きこのんで管理人が常駐する駐車場に停め、不用意に外に出て「明代を転落させる」相談をするなど想定することはできない。つまりこの「目撃談」もまた、捜査攪乱を目的としたデマか、思い込みと考えるのが常識的な判断ということになるのではあるまいか。当然、東村山署もこの「目撃談」を相手にしなかった。

「箱詰め説」の信憑性

 しかし矢野がこの「目撃談」を重視していたことは、明代の転落死から8年後に発行した『東村山の闇』に記載していることからも明らかである。それだけでなく、同じ「目撃談」を取り上げている『怪死』によれば、「自殺」とする東村山署の結論に対して矢野は次のように主張していたようである。

〈現場付近……の道路で、……「ハダシで歩いている朝木議員」を見たという目撃証言がない。この事実は、自由を奪われて箱詰めにされ外部から見えない状態で殺害現場まで運ばれた以外にない。〉

『怪死』や『東村山の闇』における「隣の駐車場で2、3人の不審者が話をしていた」とする「目撃談」と矢野のこの主張をつなぎ合わせると、①「2、3人の不審者が話をしていた」ときすでに明代は箱詰めにされており、そのまま現場まで運ばれた、あるいは②駐車場で「目撃」されたあと、この2、3人の不審者は朝木宅に向かい、明代を箱詰めにして現場まで運んだ--こういうことになるのだろうか。

 時間的に最も可能性が高いのは①と思われるが、それにしても箱詰めにした明代を車に積んだまま、管理人のいる駐車場に停め、「犯人」がわざわざ外に出て話をするというのも現実的とも思えない。「犯人」が明代を箱詰めにしたとすれば、その目的は外部から明代を拉致したことを悟られないため以外には考えられない。すると、隣の駐車場に管理人がいることがわかっていながら、あえて管理人から見える側で落としたというのも理屈に合わない。そもそも、犯行を隠匿しようとする意思のある者が、わざわざ東村山市内で最も人目につきやすい駅前という場所を選んだというのも考えにくい。

 また、転落した明代が箱に入っていなかったこと、入れられていたはずの箱が転落現場に存在しなかったことは明らかだから、「犯人」は明代を落とす直前に箱から出したことになるが、それはなぜか。人目を避けることを目的に箱に入れたのなら、落とす際に箱から出す必要はなかろう。箱から出したというのなら、なぜ出したのか、そのことに関する説明もない。つまりこの矢野の「箱詰め説」は、どこからみても合理性を欠いた荒唐無稽なものというほかないのである。

 ところで平成7年の匿名のタレ込み情報と矢野自身の『週刊宝石』におけるコメントは「(創価学会員によって)朝木市議が連れ込まれるのを見た」というものである。しかし「箱詰め」にされていたのでは、中に入っているのが「朝木市議」だとわかるはずがない(ビルに到着した時点で「犯人」が明代を箱から出す理由もない)。

 つまり矢野はマンガのような「箱詰め説」によって、匿名のタレ込みだけでなく矢野自身のかつてのコメントを自らなんらの釈明もなく否定していたことになる。矢野のいう「拉致・他殺説」がいかに姑息でいい加減なものだったかが理解できよう。

(つづく)
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