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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『聖教新聞』事件 第56回
「迷惑」が本音

 矢野が『東村山市民新聞』に「内部告発」の内容をそのまま記載した場合、矢野の認識のいかんにかかわらず、それを見た読者は、矢野が「行動する保守」Aの街宣に参加している事実からも「矢野も『内部告発』の内容を信用している」と判断することは明らかである。「内部告発」が事実と証明される見込み、あるいはそれに近い事実があったことが判明するような見込みがあるのなら、記載したとしても「それなりの理由があった」と評価されるかもしれない。しかしこれがとんでもないガセ情報だった場合には、それを信用した矢野も「行動する保守」Aと同程度の恥をさらすことになる。

 その後の事実は、「行動する保守」Aは千葉から「内部告発」について追及され、「伝聞の伝聞」すなわちただの与太話にすぎなかったことを自白する事態に追い込まれた。「行動する保守」Aがここまで無残に恥をさらすことになろうとは予測できなかったとしても、矢野は「内部告発」がいずれは証明などされないまま尻すぼみになることを予見していたのだろう。

 だから「内部告発」の中身にはいっさい触れず、「新情報」と記載するにとどめた。一応「行動する保守」Aの顔を立てたようにみえるが、内心では「行動する保守」Aの主張する情報をなんら信用してはいなかったのである。

 矢野にはむしろ「内部告発」が「真相究明活動」の足を引っ張るものになる確信があった。立証されなければ、「他殺説」の裏付けとされた事実の信用性が揺らぐことになる。それは「他殺説」を主張する上でマイナスでしかない。

 そもそも「拉致情報」は矢野ともう1人の男によってのみ発信され、情報源も明らかにされていないもの、すなわちデマとしか評価できない「情報」あり、矢野自身がとっくの昔にお蔵入りさせていたネタだった。「内部告発」などを掲載すれば自分のコメントを蒸し返される恐れさえあり、矢野にとって何の利益もない。だから矢野は最初、「行動する保守」Aの協力要請を断ったと推測できよう。

 むしろ「いまさら『内部告発』など迷惑だ」というのが本音だったのではあるまいか。八王子から東村山での街宣、洋品店襲撃事件と続いた一連の騒動の中で、「内部告発があった」と本気で信じ、はしゃいでいたのは「行動する保守」Aと西村修平や右翼Mら「行動する保守」一行だけだった。

 その結果、相次ぐ損害賠償の支払いが待っていたとは、「行動する保守」Aらにとってこれほどの屈辱はなかっただろう。しかし、彼らの街宣を聞いた市民の中には彼らのデマを信じた人もいた可能性はある。矢野にとって「行動する保守」一行の主張に深入りせず、物陰に隠れて見ているかぎり、それなりのメリットはあったのである。

 「内部告発」がデマと確定したあと出てきた教授による新手の「拉致・謀殺説」にも矢野がいっさい触手を伸ばさなかったのも、「内部告発」に距離を置いたのと同じ理由によるのだろう。教授がこのまま「続報」しなければ、この「拉致・殺人説」も、荒唐無稽な与太話であることが確定することになる。(無理だと思うが)万が一、「続報」する場合には、教授には学究に従事する者らしく客観的な裏付けも示してもらいたいものである。

矢野の身代わり

 教授の「拉致・謀殺説」に対しても、「行動する保守」Aの「内部告発」に対しても、矢野はいっこうに関心を示さず、本人たちに詳細を確認もしなかった。いずれもかつて矢野自身と匿名の男が流した「拉致目撃情報」のストーリーに酷似していた。だから、ヘタに接近すれば、かつてのコメントをめぐり自分自身が情報の出所について追及されかねない――矢野がそう考えたとしても不思議はない。

「情報」の出所を聞かれる恐れがあることに気づいた矢野は平成8年、「拉致目撃情報」のストーリーをわずかひと月で密かに捨て去った。「情報」の出所を問われて困るのは矢野であり、しかもその「情報」自体が最初から実在しないものであることが露顕する恐れもないとはいえない。そうなれば、「明代の他殺疑惑」そのものの信憑性が疑われ、市民の信用も失われかねないのである。

 当時、矢野が「情報」の出所を聞かれては困ることに気づき、「拉致目撃情報」を吹聴するのをやめたのは正しい判断だった。それから10年以上をへて、矢野と匿名の男が流した「目撃情報」は「警察官の内部告発」、「創価学会職員の告白」へと姿を変えて蘇ったのだろう。だから「行動する保守」Aにしても教授にしても、矢野を源流とする「出所を聞かれては困る」という「情報」の本質にも変わりがなかった。

 千葉から「内部告発」の出所を追及された「行動する保守」Aは平成23年、それが「伝聞の伝聞」で出所のたどれない代物であることを自白した。それから4年後の平成27年、新たな「拉致・殺人」情報を公表した教授は、千葉から疑問点を追及されるとわけのわからない理由を付けて回答を拒んだ。

 彼らの「情報」はかつて矢野と匿名の男が流した「朝木明代拉致情報」に酷似しているだけでなく、「行動する保守」Aも教授も、千葉から追及された匿名の男が「バカヤロー」の捨てぜりふを最後に連絡を絶ったのと同じ末路をたどっているところまで酷似している。「デマ」の行き着く先はどれも同じということなのだろう。

 ただ、抜け目のない矢野はいち早く予測して追及から回避した。それから20年後、「行動する保守」Aと教授が矢野の身代わりとなって追及されているようにもみえる。「行動する保守」Aも教授も、しょせんは矢野のデマに踊らされ、愚弄された多くの者たちの1人ということになろうか。

 矢野に騙された者の多くは、そのことについて多くを語りたがらず、またそのことを認めようとしない。プライドの高い「行動する保守」Aと教授は、いまだそのことに気づいてさえいないのだろう。

 発信源である矢野がもう蒸し返したくないと思っていても、矢野の知らないうちに入れ替わり立ち代わり新たなスピーカーが出現し、そもそも根拠がない代物だから、そのたびに内容も更新され、そのときのスピーカーを信用している人たちがその主張(=デマ)を受け入れてしまうことで、デマが真実として扱われることになる。矢野と匿名の男を発信源とする「拉致」デマは、こうして10数年の沈黙をへて蘇ったのである。恐ろしいことというほかない。

 その一方で、発信源の1人である矢野は、多くの「『他殺』が疑われる根拠」を主張した『聖教新聞』裁判でも、「『朝木氏が4人の人にビルへ連れ込まれるのを見た』との目撃情報があった」とは一言も主張しなかったのである。法廷で、その情報源は誰かと聞かれることを恐れたのかもしれない。

(つづく)
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