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『聖教新聞』事件 第57回
『聖教新聞』裁判の特異性

 矢野と朝木が『聖教新聞』を提訴したのは平成8年8月7日のことである。この裁判には特異な性質があった。そのことについてあらためて説明しておこう。

 平成7年9月1日、朝木明代が自殺を遂げた直後、同年9月23日付『週刊現代』(発行は同年9月11日)は〈夫と娘が激白! 「明代は創価学会に殺された」〉と題する記事を掲載した。これに対して創価学会は同年9月12日、名誉毀損容疑で刑事告訴するとともに、同年9月21日付『聖教新聞』に「秋谷会長-質問に答える」と題するコーナーで『週刊現代』記事に対する反論を掲載した。

 東村山署が「事件性は薄い」と判断しているにもかかわらず、『週刊現代』の記事は「創価学会の犯行と断定している」と批判。また同記事にコメントした朝木父娘に対しても次のように非難した。



(『聖教新聞』に掲載された朝木らに対する批判の内容)

〈同市議(筆者注=朝木明代)の長女は、「創価学会はオウムと同じ」「自殺したように見せて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました」などと耳を疑うような学会中傷のコメントを「週刊現代」に寄せた。〉

〈また夫は、「妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオを作ったんです。」等と放言している。〉

〈いったい彼らは、どんな根拠があって、そう断言できるのか。……何の確証もなしに、こんな荒唐無稽の「シナリオ」を作って、何の関係もない学会を「人殺し」呼ばわりする……こんなでたらめな誹謗中傷〉



 同年10月6日、創価学会は上記の記事によって名誉を毀損されたとして『週刊現代』と朝木父娘らに対し損害賠償と謝罪広告の掲載を求めて提訴した。記事はどう見ても朝木父娘や矢野に対する取材に基づいて作成されたものであることが明らかで、創価学会は朝木父娘のコメントに対しても名誉毀損の不法行為を主張していた。

 したがって当然、朝木らはコメントの真実性あるいはそう信じた根拠について主張、立証するものと思われた。朝木らの主張に相当の理由があると認められれば、同趣旨の記事を掲載した『週刊現代』も敗訴することはない。

半年後の裏切り

 ところが朝木は裁判開始から半年がたってもいっこうに具体的な反論に入ろうとせず、さすがの『週刊現代』側も朝木の応訴姿勢に対してしだいに違和感を覚えるようになった。その違和感が具体的な現実となって明確になったのが平成8年8月7日である。

 同日、矢野と朝木は平成7年9月21日付『聖教新聞』が掲載した『週刊現代』記事に対する反論の内容によって彼らの名誉が毀損されたとして『聖教新聞』と創価学会、さらには千葉と万引き被害者などを提訴した。被告の顔ぶれだけでも尋常ではないことがわかるが、訴状の中には『週刊現代』にとって目を疑うような一文が記されていた。

『週刊現代』の記事をめぐり創価学会から提訴されている被告が、記事に対する反論を掲載した『聖教新聞』を提訴するというのは、それだけならまっとうな反撃のようにもみえよう。しかしその訴状で朝木らは、明代の転落死に関する主張に加えてもう1つ、『週刊現代』にとってもきわめて重大な主張をしていた。朝木らはこう主張していた。



(『週刊現代』に対する朝木らの主張)

〈原告朝木大統及び原告朝木直子は、朝木明代の死亡に関して、「創価学会はオウムと同じ」「自殺したように見せて殺すのです。今回で学会のやり方がよくわかりました」「妻が万引き事件で逮捕されたことも、学会におとしいれられただけ。万引き事件で悩み、それが原因で自殺したというシナリオを作ったんです」「万引き事件も、今回の転落死事件も、学会が仕組んだ策謀」「学会と警察は共謀している」などと発言した事実は、一切ない。〉



『週刊現代』の記事は、タイトルに〈夫と娘が激白!〉とあるとおり、朝木父娘に対する取材およびそのコメントに基づいて成立しているとみるのが自然だった。ところが朝木らは「コメントの事実は一切ない」と主張している。つまり、『週刊現代』の記事に掲載された朝木父娘のコメントはすべて『週刊現代』による捏造であると主張していたことになる。訴状に目を通した『週刊現代』編集長は「裏切りやがったな」と怒りを隠さなかったという。

 朝木らにコメントの事実がないということになれば、当然、朝木らが創価学会の名誉を毀損した事実もないということになる。それどころか、『聖教新聞』における創価学会会長の発言は逆に矢野と朝木に対する名誉毀損となる。一方、被告になっている『週刊現代』裁判では、朝木父娘が『週刊現代』にコメントしていないのなら、彼らに損害賠償の責任はないということになる。一石二鳥とはこのことだった。恐るべき発想というべきだろうか。

異様な法廷風景

 その後、『週刊現代』と矢野、朝木の関係がおかしくなったのは当然である。『週刊現代』裁判の法廷では、『週刊現代』側と朝木側が被告同士でありながら激しく敵対し、コメントしたかしないかをめぐり激越な争いが繰り広げられた。

 裁判の最大の争点は本来、「明代は創価学会に殺された」とする表題に代表される記事の真実性・相当性を被告らがどう立証するかという点にあるはずだった。それが立証できなければ、損害賠償が命じられるのは明白だった。

 ところが裁判の途中ではしごを外された『週刊現代』側は、終盤に至っても「『遺族の声』の伝達」などという歯の浮くような形式論を主張するにとどまり、『週刊現代』側の敗訴は避けられない状況となった。その時点で裁判の最大の関心事は、「コメントはいっさいしていない」という朝木父娘の主張を裁判官がどう判断するか、すなわち朝木らの損害賠償責任を認定するかどうかに絞られていた。

 朝木としては被告となった『週刊現代』裁判は立証の見込みがなく、すなわち敗訴の可能性が高いと判断し、真実性・相当性の主張・立証よりも「コメントはしていない」としてひたすら逃げるのが賢明と判断したものと思われた。しかし一方、「矢野と朝木の主張はデタラメだ」とする創価学会の主張に反撃しないのも彼らのプライドが許さなかった。

『週刊現代』裁判の早い段階で「コメントはしていない」という方針は決まっていたのだろう。またその方針は『聖教新聞』を提訴する際にも有効であることも想定済みだったとみられる。『聖教新聞』裁判は原告だから、仮に敗訴しても損害賠償金を支払わされることはない。だからこちらの裁判では「コメントはしていない」とする主張だけでなく、「朝木明代は殺された」とする主張・立証を行うことで創価学会に反撃し、「疑惑」を継続させようとしたものと思われた。

(つづく)
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