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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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『聖教新聞』事件 第65回
創価学会に対する名誉毀損と認定

『聖教新聞』事件は、たんに東村山市議の矢野穂積と朝木直子らが同紙の記事をめぐって提訴したというものではない。元をたどると、朝木直子の母親で、当時東村山市議だった朝木明代が万引きを苦に自殺、ところが万引き事件でアリバイ工作を共謀した矢野と長女の朝木らが『週刊現代』の取材に対して「明代は創価学会に殺された」などと主張した内容がそのまま同誌の記事となって掲載されたことに始まっている。

 これに対し『聖教新聞』は、警視庁東村山署千葉副署長のコメントなどに基づき、同記事および同誌にコメントした朝木父娘らに対する創価学会秋谷会長の反論を掲載した。本件は、矢野らがこの『聖教新聞』記事が矢野らの名誉を毀損したとして『聖教新聞』や創価学会を提訴したものである。この裁判で矢野らは、『聖教新聞』だけでなく、その主張の根拠となる主張を行った(明代による)万引き被害者と、万引き事件で明代を書類送検し、明代の転落死を「自殺」として処理した警視庁および捜査を指揮した千葉副署長も提訴した。

 矢野らは訴状で「朝木父娘は『週刊現代』の取材を受けておらず、同誌に掲載されたようなコメントはいっさいしていない」とした上、「朝木明代が万引きをした事実はなく、『万引きを苦に自殺』したものではない」と主張していた。『聖教新聞』の記事は朝木父娘が『週刊現代』の取材に応じて同誌に上記のようなコメントをしたことを前提にしたものだから、その主張が認められれば『聖教新聞』の記事はその前提を欠くことになり、矢野らの請求が認められる可能性もないとはいえなかった。

 しかし平成12年6月26日、東京地裁は『週刊現代』裁判の判決と同様に『週刊現代』において朝木父娘は〈(『週刊現代』の記者に対して)朝木ら発言をしたものと認めるのが相当〉と認定。その上で、

〈原告ら(筆者注=矢野と朝木ら)は、被告創価学会が本件各事件(筆者注=朝木直子のポケベルに「4444」の数字が打ち込まれるなど、「創価学会が関与している」と矢野らが主張した様々な事件)に関与したと認められるような客観的な証拠もなく、被告創価学会に対し、さきに判示したとおりの名誉毀損行為をしたものである〉

 と述べ、〈原告朝木ら発言を中心にした原告らによる被告創価学会に対する名誉毀損行為に対する反論という目的に必要な範囲でなされたものと評価することができる〉などとして、『聖教新聞』紙上における創価学会の反論が正当なものだったと認定し、創価学会に対する矢野らの請求を退けた。

矢野のアリバイ工作も確認

 万引き被害者に対する請求についても、万引き犯が明代ではないと知りながら被害届を提出したなどという証拠は存在しないなどとして、矢野らの請求を退けた。東村山署が捜査を尽くした結果、明代を万引き犯と認定し、東京地検八王子支部に書類送検したことからも、被害者の申告内容が真実だったことが裏付けられていよう。

 矢野と朝木はこの裁判で明代の万引きが「冤罪」であると主張しようとしたが、逆にあらためて明代の万引きの事実が認定されたことになろうか。言い換えると、明代の万引きを隠蔽することを目的に矢野が明代と共謀したアリバイ工作の事実も確認されたということになろう。

取り調べに応じなかった朝木

 さて、矢野と朝木が創価学会や万引き被害者を提訴したことはともかく、捜査を指揮した東村山署副署長、千葉英司をも被告に加えたことにはやや違和感がないではない。2つの理由がある。

 1つは、原告である朝木直子は、明代が自殺を遂げた際、東村山署が事情を聴くために再三にわたって来署を求めたが、ついに1度も聴取に応じなかったことである。転落死の直後であり、当然、まだ警視庁は結論を出していなかった。「他殺」を主張するなら、自殺の動機がないことについて、警察に対して遺族として真摯に説明すべきだろう。

 東村山署は朝木の弟を聴取した際、直子にも来てくれるよう伝言を依頼した。それでも朝木は出頭しなかったのである。その朝木が、明代の万引きと自殺に関する千葉の広報内容について民事で訴えるというのは理解しにくい話というほかなかった。

取調室で混乱した矢野

 2つ目の理由は、もう1人の原告である矢野は明代の万引き事件でアリバイを主張しているが、万引き事件の時間帯には東村山市内のレストランで食事をしていたというアリバイは、東村山署の取調室において矢野自らがすでに放棄していたからである。明代だけでなく矢野もまたそれまで、「午後2時12分過ぎにレストランに行った」と何度も何度も供述していた。ところが、彼らがいたと主張する時間帯よりも2時間も前(12時台)にそのメニュー(「日替わりランチ」)が売り切れていた事実を突きつけられると、矢野は「そんなに早く行ったのかなあ」と動揺をみせた。

「午後2時12分過ぎに行った」というのが事実なら、どんな証拠を突きつけられようとこれほど時間にブレが生じるはずがない。つまり当初の主張が虚偽であることを自白したに等しかった。

 そもそも矢野と朝木は当日、「午後12時過ぎまで議会の委員会室にいて、その後、午後2時ごろまで議員控室で打ち合わせをしていた」と説明していた。その矢野が、12時台にレストランに行っていることはあり得ないのである。取り調べでアリバイが成立しないことを説明された矢野が、前後の時系列も無視し、議会にいたはずの時間帯にレストランに行っていたなどと口走ってしまうほどの取り乱したことがよくわかる場面だった。

 朝木明代の自殺によって、万引きによる窃盗容疑は不起訴となった。しかし東京地検は、東村山署に対する通知の中で「明代の万引きの事実は認定する」との付言を加えていた。

潰されたプライド

 矢野と明代は、明代が書類送検されたあと、東京地検に上申書を提出した。その上申書で彼らは、東村山署の取調室で破綻したアリバイのメニューを「レギュラーランチ」から「日替わりランチ」へと変更したのだった。東村山署が裏付け調査を行うと、「日替わり」は12時台で売り切れていた。その証拠を突きつけられた矢野が、あわてふためいたのが上記の取調室の場面である。

 もはや矢野は、少なくとも明代のアリバイ主張に関してただの「証人」ではなく、りっぱな当事者であることがこの場面からも明らかだった。矢野は明代の死後も、アリバイ工作の当事者としてあらゆる手段を尽くして捜査機関を騙し、丸め込もうとしていた。そのたくらみは、東村山署の丁寧な裏付け調査によってすべて潰された。

 東村山署は当然、この取り調べの状況も東京地検に報告している。東京地検は東村山署による矢野の取り調べ状況も含めて、「明代の万引きの事実は認定する」という判断を示したということだった。

 矢野の面目もプライドも、完膚なきまでに潰されたということでもあったと思う。

(つづく)
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