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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

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『聖教新聞』事件 第69回(最終回)
傷つけられた信頼

『聖教新聞』記事と千葉の広報の間に因果関係を認めた東京地裁の判断は、千葉の責任すなわち捜査結果を前提とする千葉の広報そのものの是非が問われるということでもある。千葉には自らの職務行為について公の場で黒白をつけたいという思いもあった。自分が行った広報内容と記事との因果関係を否定しなかったのは、千葉の自信と捜査に関わった捜査員らに対する信頼と誇りの現れでもある。

 かつて千葉の自信とプライドは、政治家とその圧力を受けた警察組織によってズタズタに踏みにじられた。明代の転落死事件は、「事件性は薄い」とする千葉が公表した見解に変化のないまま、9月下旬の時点であとは書類を送致するだけという状況になっていた。ところが書類送致のゴーサインは出なかった。

 その理由は、平成7年11月初旬に発売された『週刊朝日』の中にあった。当時の自民党組織広報本部長だった亀井静香が〈「東村山市議転落死事件は調べ直せ」〉というタイトルで登場し、こう述べていたのである。

〈東京東村山で創価学会に批判的だった女性市議が転落死しました。私は、どこの誰がやったなどというつもりはありません。でも、警察庁長官や警視総監には「これをたんに自殺事件として片づける度胸はあるのか」といいました。……警察も継続して捜査しているはずです。〉

 亀井は警察庁や警視庁を威圧し、国会では自民党代議士が「捜査がいまだ不十分であるにもかかわらず、自殺と決めつけている」と千葉を名指しで非難した。ところが、当時の警察庁刑事局長は、不当な政治権力の介入を阻止すべき立場であるにもかかわらず、捜査の現場を守るどころか国会議員にへつらい、「今後、自殺・他殺の両面を視野に入れ、早期に捜査を遂げるよう努めているところ」(趣旨)などと答弁したのだった。警察行政のトップが政治権力の前にひざまずいたのである。

 刑事局長の答弁は現場の信頼を裏切り、捜査結果を曲げるものというだけにとどまらなかった。「自殺」の判断に待ったをかけるということは、結果として万引き被害者の申し立てに疑念を差し挟むものにほかならない。千葉にとって国会議員の質問と刑事局長の答弁は受け入れがたいものだったことは想像に難くない。

 捜査当局に政治家が圧力を加えようとしていることを、すでに早い段階で矢野は知っており、国会質問がなされるやいなや、それを「他殺疑惑」の宣伝に利用した。国民の代表である国会議員が捜査に疑義を呈するとは、矢野にとってこれほどの宣伝材料はなかろう。少なくとも現実に、国会質問と警察庁刑事局長の答弁はみごと矢野に利用されたのである。

 亀井や国会議員の主張や警察庁刑事局長の答弁内容に正当な理由があったのかどうか。千葉に対する東京地裁の判断はそれに対する最初の公的かつ客観的な判断ということになろう。千葉が自らの広報内容と記事の因果関係を否定しなかったのはもちろん、国会議員や警察上層部の対応を質すことが目的だったのではない。しかし結果として『聖教新聞』裁判は、東村山署の捜査を非難した者たちの主張の是非が問われる場ともなったといえる。

千葉に対する判断

 千葉の広報について東京地裁はどう判断したのか。東京地裁は次のように述べた。

〈千葉副署長は、東村山署の広報担当官として、本件窃盗被疑事件については検察官送致をなした段階で、また本件死亡事件については初動捜査を終え、警察内部で討議を終了した段階で、……予め署長の許可を得て用意した広報案文に基づいて、本件各事件の捜査進行状況につき客観的事実経過を広報したものであって、本件各事件につき実施された捜査の内容、広報時点で把握できていた状況証拠等の客観的状況からみても、……千葉副署長に故意又は過失を認めることはできない。〉(筆者注=なお控訴審判決も、上記部分について一部文言の変更はあるが、趣旨としては一審と変わりがない)

 こう述べて東京地裁は、千葉に対する矢野らの請求を棄却した。東京地裁が、千葉が行った広報の違法性を否定しているだけでなく、〈本件各事件につき実施された捜査の内容、広報時点で把握できていた状況証拠等の客観的状況からみても〉という文言から、その内容についても違法性を否定していることがわかる(東京地裁は具体的な捜査内容についてはすでに事実認定しており、上記の「本件各事件につき実施された捜査の内容、広報時点で把握できていた状況証拠等の客観的状況」とはそのことを示している)。

 本件裁判で矢野が提訴したのが『聖教新聞』だけで、千葉を提訴していなければ、東京地裁が東村山署の捜査内容の正当性にまで言及することはなかった。矢野は千葉を提訴したことで、捜査内容とその結論(明代の万引きは事実で、転落死は「自殺」だった)が正当なものであることを改めて確認しただけだったということになる。矢野は控訴したが、控訴審の判断も一審と大きく変わるものではなかった。

「明代の転落死は自殺」とする結論が否定されなかったということは、当然、明代の万引き事件で矢野が主張したアリバイも虚偽であることが認定されたに等しい。矢野は少なくとも、アリバイ工作と被害者に対する隠蔽を目的とした威迫行為の共犯だったのである。

過ちを認めた白川勝彦

 千葉が明代の万引き事件について広報したのは平成7年7月12日、自殺について広報したのは平成7年9月2日である。その広報内容は、平成7年12月22日に東村山署が記者会見を開いて行った正式な発表においても変わらなかった。この事実もまた、千葉が行った広報の内容(すなわち捜査内容)が少なくとも不当なものではないことを示していた。

 その1カ月前に亀井静香や他の自民党国会議員が行った千葉に対する非難がいかに事実に反するものだったかがわかろう。亀井はもともと警察官僚であり、捜査情報は警察上層部から入手できる立場にあった。亀井は東村山署の捜査状況を把握した上で、警察庁長官と警視総監に対して「これを自殺として片づける度胸があるのか」と迫ったのだろう。朝木事件を新進党(=公明党)攻撃に利用するためだった。しかし、千葉に向けられた政治家たちの非難がいかに不当なものだったかがこの判決によってあらためて裏付けられたといえる。

 判決から数年後、千葉は東京地裁の1階ロビーで、元自治大臣で国家公安委員長だった白川勝彦に遭遇した。明代の転落死をめぐり、亀井静香の下で千葉に対して「捜査員の宗派を名乗れ」などの圧力をかけた人物である。

 千葉はすぐに白川に近づき、「『東村山事件』当時の東村山警察署の副署長、千葉でございます」と名乗った。すると白川は当時のことをすぐに思い出し、驚いたような表情をみせた。千葉は間髪を入れずこう聞いた。

「先生は今でもあの事件を『他殺』だと考えていらっしゃいますか?」

 すると、かつてあれほど「(創価学会による)謀殺」を主張していた白川は、一言だけ、こう答えたのである。

「捜査は客観的証拠に基づかなければなりません」

 と。もう白川の口から「謀殺」の文言は出なかった。「謀殺」なる主張には「客観的証拠」など存在しないことを白川が認めたということにほかならなかった。

(了)
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