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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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元市議名誉毀損事件 第31回
立証のハードルを低下させる試み

 矢野らが控訴理由書の最後で主張していたのは、一審判決が「本件記事の一般読者の読み方」として認定した部分のうち、「原告が、お金を巻き上げる連中の口ききであり」とした認定を否認し、〈(原告が)結局はお金を巻き上げる連中の口ききでしかなかった(と読むべきだ)〉と主張していた点に関してだった。本件記事の記載も、矢野の主張のとおりの記載である。

 普通の読解力をもって「口きき」と「口ききでしかない」を比較すれば、むしろ後者の方がより「口きき」の意味を強調して伝えようとしているように感じられる。つまり文言だけをみれば意味する内容に変わりはない。したがって、一般読者の普通の注意と読み方からすば、上記部分は一審判決のとおり、「原告が、お金を巻き上げる連中の口ききであり」と読むとみるのは妥当な判断であると思う。

 ところが矢野らは、2つの事実を理由に一審の読み方を否定していた。1つは、山川が松田に対して「(被害者が)一人暮らしになっちゃったのよね」と話した事実だった。この事実について矢野らは、〈被控訴人(筆者注=山川)が、お金を巻き上げる連中の口きき(=仲介のような役割)を果たしたと評し得る事実〉であると主張している。ここで矢野らは「口きき」にカッコ付きで(=「仲介のような役割」)とわざわざ注釈を入れている。どうやら矢野らは、それによって「口きき」を「『関与というほどでもない』もの」として定義付けようとしているように感じられる。

「山川が松田に対して『(被害者が)一人暮らしになっちゃったのよね』と話したこと」について、それが直接塩田の詐欺事件に結び付いたと判断するには、たとえば松田に被害者の情報を提供することによって塩田が被害者に対して詐欺行為を実行することを山川が事前に知っており、それが詐欺行為のための情報提供であることを自覚していたことを裏付ける事実が存在しなければならない。その立証はきわめて困難、あるいはそもそも不可能であることが矢野にはわかっていた。だから、それが裁判官に通じるかどうかは別として、ことさら〈「口きき」(=「仲介のような役割」)〉と定義付けることで、立証のハードルを下げようと試みたのではあるまいか。

「口きき」の妥当性

 矢野らが〈(原告が)結局はお金を巻き上げる連中の口ききでしかなかった(と読むべきだ)〉とするもう1つの根拠として主張しているのは、「被害者の貸金が返済されないことについて、山川が知らん顔をしていたと評し得る態度をとった」とする事実だった。その上で矢野らは、

〈被控訴人が、結局は被害者○○(筆者注=実名)への協力を拒み、むしろお金を巻き上げた松田らが○○(同)に返済しないままを放置したという意味において「結局は口ききでしかなかった」と評し得るものである〉

 と主張し、〈(原告が)結局はお金を巻き上げる連中の口ききでしかなかった〉とする部分について相当の理由があると主張していた。つまりここで、矢野は「貸金が返済されないことについて、『(山川が)知らん顔をしていた』と評し得る一連の態度をとった事実は、(山川が)最終的に被害者への協力を拒み、詐欺グループが借金を返済しないことを放置した」という意味で、「詐欺グループの口ききだった」といえるのだと主張していることになる。「詐欺グループの口ききだった」とは、「詐欺グループの共犯」と言い換えることができよう。

 しかし、被害者に対する塩田の返済が滞ったあと、山川が被害者への協力を拒んだ事実もなく、したがって返済されないことを放置した事実が存在しないことは、矢野らが被害者から受け取ったという山川自身の陳述書からも明らかだった。また仮に矢野らが主張するように、山川が被害者への協力を拒んだ事実があったとして、そのことをもって山川について「(詐欺グループの)『口きき』」という文言で表現することが妥当なのかどうか。これが矢野らの主張が提示した論点といえるのではあるまいか。

 前述のとおり、「口ききでしかない」とは「口きき」と同義であり、本件記事に記載されている〈お金を巻き上げる連中の口きき〉とは「詐欺グループの共犯」と主張しているに等しい。矢野らは控訴理由書で、「(山川が)最終的に被害者への協力を拒み、詐欺グループが借金を返済しないことを放置した」ことが山川について「(詐欺グループ)の口きき」と評した理由であると述べている。

 一方、山川に関する事実関係をみると、山川は被害者から貸金が返してもらえなくなった時点で相談を受けただけで、そもそも塩田が被害者から多額の借金を重ねたことに関係もなければ、被害者から相談されるまでその事実さえ知らなかった。詐欺グループとのつながりもいっさい存在しない。その時点で、仮に山川が被害者への支援を拒んだとしても、詐欺グループが被害者に借金を返済しないことを放置したとしても、なんら責任を問われるいわれはないとみるのが常識的な判断だろう。

 それでもなお、最終的に「待つしかない」といった山川に対して「支援を拒んだ」とか「詐欺グループが借金を返済しないことを放置した」と非難することは、筋違いである上にかなりの曲解と誤解ではあるものの、表現としてはあり得ないことともいえないのかもしれない。しかし仮にそう曲解したとしても、山川を「詐欺グループの共犯」を意味する「口きき」とまで表現することに妥当性があるのだろうか。

 矢野らのかなり偏った理解を前提にしても、「口きき」はかなりの飛躍があるのではあるまいか。〈(山川が)最終的に被害者への協力を拒み、詐欺グループが借金を返済しないことを放置した」という意味で、「詐欺グループの口ききだった」といえるのだ〉とする矢野ら主張は、かなり無理のある言い訳のような気がしてならない。

 いずれにしても、以上が、一審判決に対する矢野らの反論だった。

(つづく)
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