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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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元市議名誉毀損事件 第35回
暗に記事の相当性を主張

 被害者の山川に対する認識は、少なくとも本件『東村山市民新聞』第186号が発行・配布された直後(平成27年8月)と平成28年9月7日付陳述書とでは180度異なるようにみえる。ところが矢野らは控訴理由書で、塩田からの返済が滞ったあと、山川は被害者に対して〈突き放した態度をとった〉、〈被害者が電話をしても出なかったり、出てもつっけんどんな態度をとるようになった〉とし、さらに次のように主張していた。

〈(本件ビラに記載した内容は、いずれも=筆者)控訴人ら(筆者注=矢野ら)が本件記事を掲載した本件新聞を発行した時点において、○○(筆者注=被害者)を取材することにより同人から聴取済みであった内容(乙1……筆者注=朝木の陳述書)及び同人から入手済であった資料(乙3ないし乙6……筆者注=「被害者が塩田らを提訴した際の『和解調書』」「被害者による塩田らに対する『告訴状』」「上記告訴に際して山川が提出した『陳述書』」など)からすれば、控訴人らが少なくともこの事実を真実と信ずるについて相当の理由がある。〉

 矢野らはここで、被害者が控訴審で提出した新陳述書で述べている〈(山川は)今では松田さんの側に立って行動しているのではないかと疑うようになりました〉と供述するに至る理由、すなわち山川は被害者に対して〈突き放した態度をとった〉、〈被害者が電話をしても出なかったり、出てもつっけんどんな態度をとるようになった〉とする被害者の話を、本件記事掲載よりも前に取材していたと主張していた。

 だから、記事は矢野らの憶測で書いたものではなく、被害者に対する取材と資料に基づいて作成されたもので、真実と信じるに相当の理由があったと間接的に主張しているように思えた。「詐欺グループの一員である松田を被害者に紹介したのは山川だ」と主張した際にも、同じ主張がなされていた。

 矢野らが主張するように、本件『東村山市民新聞』第186号の発行前に矢野らは、「被害者が塩田らを提訴した際の『和解調書』」「被害者による塩田らに対する『告訴状』」「上記告訴に際して山川が提出した『陳述書』」を入手しており、また「山川がつっけんどんな態度をとるようになった」などという話を聞いていたのだろうか。仮に裁判所がその事実を認定した場合には、一応の理由があったと認定されないとも限らない。そこで山川は、矢野らが主張する資料等の入手時期についても答弁書で反論を行った。

不可解な答弁書

 山川がまず主張したのは、矢野らが主張する資料等の入手時期と、一審の答弁書における矢野らの主張内容があまりにも乖離している点だった。本件ビラの発行から本件裁判の経緯を時系列でみると以下のとおりである。



平成27年7月31日  『東村山市民新聞』第186号発行

同年10月9日  提訴

同年11月30日  第1回口頭弁論。同日矢野らが提出した答弁書では(〈事実は、「東村山市民新聞」第186号の1面及び2面に記載されているとおりである。〉と主張するのみで具体的な主張はいっさいなく、被害者の新陳述書に記載された内容は一言半句も記載されていない)

平成28年1月12日  朝木陳述書(第2回口頭弁論で提出。内容的には、控訴理由書における主張および被害者の新陳述書と共通している)



 上記の経過の中で、矢野らが本件『東村山市民新聞』第186号が発行される前に「被害者を取材することにより同人から聴取済み」で、かつ「被害者が塩田らを提訴した際の『和解調書』」「被害者による塩田らに対する『告訴状』」「上記告訴に際して山川が提出した『陳述書』」などを入手していたとすれば、第1回口頭弁論に提出した答弁書で朝木陳述書の内容に重なる主張を一言もしていないのは不自然というほかない。

朝木と被害者の説明に齟齬

 また被害者は新陳述書において、最初に朝木に事情を話した当時の状況について次のように述べている。

〈朝木さんから電話がかかってきたので、簡単に事情を説明すると、大変驚いた様子でした。翌日自宅にて、書類などもすべて見せて今回の詐欺事件のことをお話ししました。その後も自宅や近くのファミリーレストランで何度も書類の確認や補足の説明をしました。〉

 矢野らは控訴理由書で、『東村山市民新聞』第186号の発行前に「被害者を取材することにより同人から聴取済み」で、かつ「被害者が塩田らを提訴した際の『和解調書』」「被害者による塩田らに対する『告訴状』」「上記告訴に際して山川が提出した『陳述書』」などを入手していたと主張している。つまり矢野らは、「被害者から事情を聞いた事実」と「資料を入手した事実」を分けて具体的に記載している。一方、被害者は朝木に事情を説明した状況をここまで詳細に供述しながら、「資料をコピーして渡した」とは一言も述べていない。

「見せて説明した」ことと、「説明した上で、資料をコピーして渡した」こととは、単純に事実として異なる。また記事を書く側としても、伝聞のメモや記憶を頼りに記事を書くしかないのと、生の資料を確認しながら書くのとでは、記事に対する自信という点で大きな違いがある。

 そう考えると、両者の供述の齟齬をどう理解すべきだろうか。また、上記の「被害者から事情を聞いた事実」の中に新陳述書に記載されている「山川がつっけんどんな態度をとるようになった」などとする事実が含まれていたとすれば、矢野らが答弁書で一言も主張しなかった事実をどう理解すべきなのか。山川は控訴理由書に対する答弁書で本件記事の相当性について次のように反論している。

〈控訴人朝木は上記乙3ないし乙6(筆者注=「被害者が塩田らを提訴した際の『和解調書』」「被害者による塩田らに対する『告訴状』」「上記告訴に際して山川が提出した『陳述書』」など)については見せてもらっただけであり、「掲載前に資料を入手していた」とする控訴人らの主張は信用できない。控訴人らは○○(筆者注=被害者の実名)に聞いた話と「見せてもらった」資料の記憶あるいはメモに基づいて、勝手な思い込みあるいは勝手な解釈をし、本件記事を作成した可能性が高く、本件記事に相当の理由があったとは到底いえない。〉

(つづく)
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