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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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元市議名誉毀損事件 第38回
2本を一括りにした判断

 附帯控訴にあたって山川が主張したのは、本件記事1、2を「一般読者がどう読むか」という点についてである。一審の東京地裁の認定は次のとおりだった。

〈本件記事は、一般読者が普通の注意を払って読んだ場合、塩田が被害者女性から約2140万円を借り、うち1860万円を返しておらず、この行為が詐欺まがいの行為であり、市議会議員である原告が松田を被害者女性に紹介し、松田が妹の塩田を被害者女性に仲介したことにつき、原告が、お金を巻き上げる連中の口ききであり、上記行為について、仲介のような役割を果たしており、上記貸金が返済されないことについて、知らん顔をしているあきれた人だと述べていると読むことができる。〉

 山川が問題としたのは1面に掲載された〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉〈創価、元市議らが仲介して〉などの見出しが付いた「記事1」と、その裏面にあたる2面に掲載された〈本山破門「ご本尊」放棄の政治集団化の先は、「詐欺師集団?」〉〈新興宗教の衣を脱ぎ捨てた集団〉とする見出しが付いた「記事2」の2本の記事である。2本の記事は、新聞でよくあるような、1面トップで一部を報じ、(2面に続く)という形でつながっているものではない。また「記事1」は通常の記事だが、「記事2」は「発行人 矢野ほづみ」の署名があるコラムだから、明らかに「記事1」と「記事2」は1本の記事ではない。

 ところが一審判決は、「本件記事は」と、「記事1」と「記事2」があたかも1本の記事であるかのように、「一般読者の読み方」を認定していた。附帯控訴状で山川がまず指摘したのはその点である。「記事1」と「記事2」をそれぞれ別個に検討した上で上記の認定に至ったというのならまだわからないではない。しかし東京地裁は、いきなり上記のような判断を示したのである。一括して判断することについてそれなりの説明があるのかといえば、それもいっさいなかった。

「一般読者の普通の注意と読み方」を基準にすれば、まず「記事1」を読み、それから1面の他の見出しや記事に目を通したあとで「記事2」を読むというものであることは明らかだろう。もちろん、「記事1」だけを読んで「記事2」は読まない場合もあり得るし、その逆も考えられよう。いずれにせよ、一般読者は「記事1」と「記事2」を独立した記事として読むのであって、「記事1」と「記事2」を最初から一続きに読むとみるのは困難なのではあるまいか。

 一審の判断方法の弊害は目に見えるかたちで現れていた。一審が示した上記「一般読者の読み方」の末尾にある〈仲介のような役割を果たしており、上記貸金が返済されないことについて、知らん顔をしているあきれた人だ〉などという文言は「記事1」にはいっさい含まれておらず、そのような趣旨の文言も存在しない。つまり少なくとも「記事1」については、一審の判断は明らかな誤りであるということになる。

 するとやはり、「記事1」と「記事2」についてそれぞれ判断すべきなのではないか。いきなり「記事1」と「記事2」を一括りにして論じようとしている時点で、一審は「一般読者の普通の注意と読み方を基準として判断すべき」という最高裁判例に反しており、判断の方法を誤っている――というのが山川の基本的な主張だった。

「見出し」が考慮されない判断

 次に山川が問題にしたのが、一審の「読者の読み方」の中に〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉〈創価、元市議らが仲介して〉〈言葉巧みに、一般市民から、借りて1860万円も返さず〉(記事1)、〈本山破門「ご本尊」放棄の政治集団化の先は、「詐欺師集団?」〉、〈新興宗教の衣を脱ぎ捨てた集団〉(記事2)という、一般読者の目に最初に飛び込んでくるはずのこれらの見出しの文言についていっさい言及されていない点だった。一般読者は見出しを見、大方の意味を掴んだ上で、見出しに興味を持てば本文へと読み進むのが通常である。一審が「一般読者の普通の注意と読み方」を基準に判断するといいながら〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉などとする見出しにいっさい触れないのは、自ら示した判断基準とも矛盾しているのではないか。

 多くの判例をみると、「見出しを独立的に判断したもの」と「見出しと本文を総合的に考慮して判断したもの」の2種類に大別されるが、見出しについては言及せず、本文の記載内容のみを検討して結論を出した判例は確認できなかった。したがって山川は、〈一般読者が記事1、2をどう読むかについては、見出しを含む記事全体から判断すべきである。〉と主張している。

「記事1」に対する主張

 一審判決が示した「一般読者の読み方」が誤りであることを主張した上で、山川は「記事1」と「記事2」それぞれの「一般読者の読み方」について主張している。

「記事1」には〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉〈創価、元市議らが仲介して〉〈言葉巧みに、一般市民から、借りて1860万円も返さず〉という見出しが付けられており、とりわけ〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉は白抜きのゴシック体で記事の上部に横書きで配置され、〈創価、元市議らが仲介して〉はタテ3段抜きの明朝体と、断定する文言自体の強さだけでなく視覚的にも一般読者に対して強く訴求するものとなっている。その点を指摘した上で、「記事1」の見出しについて山川は次のように主張している。

〈本件見出し1(筆者注=記事1の見出し)は「1860万円詐欺」「元公明市議らが関与」「創価、元市議らが仲介」といずれも断定しているから、一般読者は「借金をして1860万円を返さないという詐欺事件に元公明市議が仲介という形で関与した」と理解するものである。〉

〈1860万円詐欺、元公明市議らが関与〉の見出しの真下を見ると、本文の「山川昌子・元公明党市議」の実名が目に飛び込んできて、見出しにある「元公明市議」とは誰なのかを読者は労せずして知る可能性もある。そうでなかったとしても、本文の2行目にはすぐに山川の名前が出てくるから、読者が見出しの「元公明市議」とは山川のことであると理解するのは時間の問題であるのは明らかだった。  

(つづく)
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