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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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元市議名誉毀損事件 第48回(最終回)
被害者との遭遇

 山川の附帯控訴における請求をほぼ全面的に認容した判決から2週間後、山川は朝木に対して東京高裁が命じた50万円の支払いを求めた。するとこれに対して、朝木は「仮執行には応じるが、裁判は終わっていない」と負け惜しみの回答をしたものの、ほどなく全額を振り込んできたという。その数日後、山川の元には裁判所から矢野と朝木が上告受理の申し立てをしたとの知らせが届いた。矢野らはまだ「山川が詐欺事件に関与した」との記事が誤りだったと認める考えはないということらしかった。

 しかし、年が明けた平成29年1月8日、矢野らの主張を真っ向から否定する出来事があったと山川はいう。この日、山川は東村山駅東口にあるイトーヨーカドーに買い物に出かけた。余談だが、平成7年、万引きを見つかって追及された朝木明代が逃げ込んだ店であり、「朝木に万引きされた」という通報で駆けつけた警察官が、なぜか娘の朝木直子を探したという店である。

 さて、山川がそのイトーヨーカドーの駐車場に車を置き、店内入口へと向かっているときだった。前を、なにか見覚えのある女性が、ややおぼつかない足取りで歩いている。まさについこの前まで裁判の影の主役だった被害者その人のようだった。「○○さんじゃない?」、山川の声に振り返ったのはやはり被害者だった。被害者は驚いた様子だったが、すぐに山川に対してこう謝罪したという。

「私が相談に行ったことで迷惑かけちゃって……」

 朝木に相談に行った被害者が、その結果、朝木といっしょになって山川を非難するかたちになったことは、被害者もよく理解している。被害者が山川に述べたこの一言は、気まずい思いがありながら、それでも、朝木に相談に行ったことで、結果として山川を責める側に立ってしまったのは本意ではなかったという思いを伝えたかったもののように思えた。本件記事が『東村山市民新聞』に掲載された直後、山川をよく知る被害者の知人が被害者に電話したところ、「山川さんには何の恨みもない」と話していたという証言もあった。

 少なくとも、「山川に騙された」と思っているのなら、こんな言葉が出るはずがなかった。矢野と朝木がいかに「山川は詐欺に関与した」と主張しようと、当の被害者が山川を責めるどころか謝罪しているのだった。矢野らの上告がまったく被害者の意思とは無関係の虚妄であることを物語っていた。

入院していた被害者

 ところで朝木は、一審で被害者の陳述書を提出しなかった理由について、控訴審で提出した陳述書で次のように供述していた。

〈本件「東村山市民新聞」に記事を掲載するための取材をしている段階で、○○(筆者注=被害者の実名)さんの方から、「私自身も泣き寝入りしたくないので事実を公表していただくことは必要だと思うが、山川さんの関係者による嫌がらせが怖い。」という趣旨のことを仰っていたことや、私どもが責任を負う記事の報道によって起こった訴訟に、取材元の市民、しかも高齢で独居している被害者の○○(同)さんを巻き込むことはしたくないと思っておりました……〉

 被害者が朝木に対して「泣き寝入りしたくない」と訴えたとしても、それ自体は不思議ではない。しかし山川に遭遇して「迷惑をかけた」と謝った被害者が、「泣き寝入りしたくない」相手として山川を想定していたとはとうてい考えられない。まして、「山川さんの関係者による嫌がらせが怖い」と訴えるなどあり得ないとみるべきではあるまいか。とすれば、上記の記載は朝木の不実ぶりがいかんなく発揮された作文と考えるのが自然だろう。

 その日、山川が本人から聞いたところによると、被害者は平成28年2月に体調を崩し、同年10月まで入院していたという。前々から体調がすぐれず、病院に行ったところ、入院の必要があると診断されたとのことだった。平成28年2月前後といえば、朝木がようやくまともな主張を始めた時期だった。被害者は体調の悪い中、朝木から資料の提供などを求められたのではないかと推測する。しかし一審で最後まで陳述書を提出しなかったのは、被害者が入院中だったからだと考えれば納得がいく。

 矢野と朝木は控訴審でついに被害者の陳述書を提出したが、その日付は平成28年9月7日である。被害者は「10月まで入院していた」というのだから、この陳述書を入院中の病院で書いたことになるが、現実にそんなことは不可能とみるべきだろう。陳述書には被害者の直筆の署名がなされている。朝木が作成して、署名だけをしてもらったということではあるまいか。

暴かれた印鑑証明書の謎

 そのこと自体は珍しいことではないし、なんら責められるようなことでもない。また、普通の裁判であれば、重要な証人が入院していたとしても、あえてそれを隠し通す必要もあるまい。しかし、一審で山川が被害者本人の陳述書を提出すべきと主張しても、矢野と朝木が被害者が入院中であることを明らかにしなかったということは、彼らは被害者が入院中であることは隠すべきと判断していたとみるべきだろう。

 断定はできないものの、その理由は、被害者の陳述書や朝木の陳述書の中に、被害者の思いとは異なる内容が含まれていたからなのではあるまいか。朝木の陳述書にある「私自身も泣き寝入りしたくないので事実を公表していただくことは必要だと思うが、山川さんの関係者による嫌がらせが怖い」という被害者の言葉と、山川と遭遇した被害者が山川に謝った言葉との落差からみると、被害者の言葉として供述された内容の中には朝木の作文が入っていると考えても不合理とはいえまい。

 入院中であることが明らかになれば、その陳述書を書いたのは朝木なのではないかと疑われる――そう朝木は考えたのだろう。控訴審の口頭弁論で山川は被害者に対する尋問を申し立てた。これに対して裁判官は却下の決定を下したが、朝木はさぞかし安堵したのではあるまいか。

 陳述書の提出に際して、本来は必要のない印鑑証明書まで添付したのも、陳述書は被害者本人が書いたものであることを強調するためだった。なぜそんな当たり前のことを強調する必要があったのかといえば、そこに嘘が書かれているからであると理解できよう。

 そのことを教えてくれたのは、たまたま出会った被害者の一言だった。山川には、不実との長い闘いのしめくくりとして、あまりにもでき過ぎた偶然のように思われた。しかしその偶然によって、被害者もまた救われたのではあるまいか。

(了)
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