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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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りんごっこ保育園問題とは何か 第9回
工場密集地だった当初予定地

「要望書」に矛盾する「事業計画書」

 最終的に他の入札者が落札した事実からも高野の「買収交渉」に「見通し」がなかったことが推測できるが、「要望書」に「一定の見通し」などなかったことをより明確に裏付ける事実が、高野自身が保健福祉部や市長に提出した「土地選定及び施設設計等経過」と題する文書によって判明している。文書にはこう記されていた。
〈4月16日付事業計画書を市保育課に提出。同日以降、(土地)の価格交渉に入る〉

 ここにある「事業計画書」とは、「要望書」申請時に提出したものである。しかし、経過説明の文書によれば、「4月16日以降、価格交渉に入る」というのだから、少なくとも「要望書」を提出した4月16日の時点では「一定の見通し」どころか何の交渉も行っていなかったことになる。
 
 認可保育園は市の保育計画の中で進められるもので、設置希望者がいつでも申請できるというものではない。平成14年4月当時、東村山市における待機児童数は約120~130。無認可で純粋に個人の事業として行うのならともかく、公共性のきわめて高い事業として待機児童数を上回る認可園を設置する必要はない。認可保育園の新設枠は限定されており、保育事業に参入しようと思えばいちはやく行政に働きかけなければならない状況にあった。

 つまり、高野が平成14年4月16日に提出した「要望書」に何の見通しもなかったということは、たんに事業権の確保を目的にとりあえず提出したものだったと考えるべきではないか。とすれば、同時に提出した「事業計画書」は「一定の見通し」を装うためのものにすぎなかったといわれても仕方ないのではあるまいか。

「予定地」に建っていた木工工場

 一方、高野の「要望書」がどれほどいい加減なものだったとしても、それを受理した行政側にはその内容を確認する義務がある。年間8000万円の補助金を交付する事業であれば、当然である。そころが、東村山市保健福祉部はまともな現地確認さえ行ってはいなかったことが予算特別委員会で明らかになった。委員の「当初の要望書にある土地はどういう場所で、どういう状態だったのか」との質疑に、当時の次長は「現地については職員が目視しただけ」と答え、児童課長は「(現地を見に行った職員から)さら地のようだったという報告を受けている」と答弁している。これはいったいどういう答弁だろうか。

 高野が買収のために「交渉」していたと称する当初の予定地の実態は保健福祉部の答弁とは大きく異なるものだった。高野が申告した住所だけは一致するその場所は小さな町工場が密集する一角で、「予定地」は課長のいうようなさら地ではなく、まだ古い木造の建物が建っていたのである。付近の工場の主人に聞くと、そこはかつて木工工場だったという。

 すると、その土地で保育園を始めるには、まず木工工場を解体、撤去し、新たに園舎を建設しなければならないが、木工工場では塗料を使用しているから土壌汚染の心配もしなければならないだろう。その点を行政はどう判断し、また清潔好きで知られる高野が、わざわざこの土地を選んだ理由はどこにあったのだろう。

 普通なら行政は、周囲の環境も考慮し、他の土地を探すようアドバイスしてもよさそうだが、行政からはそれもしていない。なぜなら、行政は「事業予定地」にまだ工場が建っていることすら把握していなかったのである。もちろん、高野からもそのような報告はなかった。事業主からは事実が報告されず、報告を受けるべき行政も高野の申告を鵜呑みにして確認もしない――東村山という町では、こんなずさんなかたちで年間8000万円もの公共事業が決定されていくのか。のちに、当時の児童課のある職員は「あそこ(の環境は)ちょっとひどかった」と語っていたが、あるいは所管の誰かは、高野がこの土地で保育園をやるわけではないことをすでに知っていたとでもいうのだろうか。

 いずれにしても、こうして高野は保育事業参入の優先権を保持したまま最終的に別の土地を確保し、12月3日に「計画変更」を申請。それからわずか10日後にめでたく市長決裁を受けるに至った。高野の相談の席に朝木直子が「3度」も同席した事実、あるいは高野が矢野穂積と内縁関係にあることが保健福祉部や市長の対応に隠然たる影響を与えたのだろうか。


(第10回へつづく)
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テーマ:社会 - ジャンル:政治・経済

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