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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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多摩湖寿会事件 第24回
謎の分離作戦

 平成29年1月30日に提訴してから約1週間後、裁判の第1回口頭弁論が同年3月7日に開かれることが決まり、被告らに対して訴状と呼び出し状が送達された。なお、この裁判は前回(「山川は詐欺事件に関与した」とする記事で矢野と朝木に対して15万円の支払いを命じたが、高裁で判断を否定され、損害賠償額が3倍以上に増額された)と同じ民事3部に係属されたが、担当は別の裁判官だった。

 被告らは「多摩湖寿会の金を横領した事実はない」とする原告の主張に対してどんな反論をしてくるのか。また、被告らはそれぞれ立ち位置が異なるが(矢野と朝木は同じ)、1人の弁護士に依頼するのか。

 第1回口頭弁論1週間前の同年2月27日、山川の自宅に1通のファックスが届いた。矢野・朝木の代理人が送信した答弁書だった。当時者を確認すると、矢野穂積、朝木直子のほかに依頼人の名前は記載されていない。矢野と朝木は清水、天目石とは別の代理人を立てたということだった。

 天目石は矢野らが発行したビラを転載し、またその内容に基づいた記事を掲載したのだから同志として扱い、同じ代理人に依頼してもおかしくないともみられた。しかし、朝木は天目石と代理人を同じにしたところで何の得にもならないと判断したのだろう。

一緒にやってくれるだろうと考えていた天目石は当惑し、さぞ落胆したことだろう。「朝木明代の自殺」という絶対に知られてはならない秘密を抱える朝木と矢野が他人に気を許すことはない。

いまだに「朝木明代は殺された」と信じ込んでいる天目石には、矢野と朝木直子のきわめて特異な人間関係になど、とうてい考えも及ばないのだろう。天目石は朝木に適当にあしらわれているにすぎないのではあるまいか。それがこの代理人の選任の仕方に現れているように思えてならない。

 朝木と矢野が清水とは別の代理人を立てたことは理解できないでもない。清水は山川と誓約書を交わした当事者であり、朝木は清水から話を聞いたというだけで、山川と直接の利害関係があるわけではない。両者の防御方法にはおのずと違いが出てこよう。だから、代理人が同じであるのが自然とは思うが、別々に代理人を立てたからといって特に不自然ともいえないのではないかと思う。

 ただ、清水と天目石が同じ代理人に依頼したというのはやや違和感があった。天目石が朝木と清水のどちらかと同じ代理人を頼むのならやはり朝木側が自然のように思われた。朝木に断られた天目石は仕方なく清水の代理人に弁護を依頼したのだろうか。いずれにしても確かなのは、この裁判に臨むにあたり、朝木と矢野は清水や天目石とは別の代理人を立てる道を選択したということだった。

想定できなかった裏切り

 かつてこんな事例があった。平成7年のことである。

『週刊現代』が〈「朝木明代は創価学会に殺された」!〉とする記事を掲載した。明代は万引きを苦にして自殺したというのが事実であり、創価学会は無関係だった。創価学会は重大な名誉毀損であるとして『週刊現代』と記事でコメントした朝木直子とその父親を提訴した(『週刊現代』事件http://pullman.blog117.fc2.com/blog-category-50.html)。

当時の編集担当者の証言によれば、創価学会から提訴された『週刊現代』は会社の顧問弁護士を伴って東村山を訪れ、矢野、朝木らと面会し、応訴のための協議を行った。朝木明代と矢野穂積が万引きのアリバイ工作に利用したレストラン『びっくりドンキー』だった。

その席で『週刊現代』側は朝木側に対し、まず「朝木明代は創価学会に殺された」などの記事に掲載された「コメント内容とその事実」について、裁判の中で否定するようなことがないか確認を求めると、矢野は「そんなことはありません」と答えた。また、会社の顧問弁護士が彼らの弁護を引き受ける必要があるかどうかを聞くと、朝木側は独自の弁護士を立てると答え、実際に『週刊現代』とは別の弁護士を立てた。

 裁判開始から1年、『週刊現代』と朝木側は表面上は相被告として創価学会と闘っていた。しかしある日、突如、朝木は「『週刊現代』の取材は受けておらず、コメントもしていない」と主張したのだった。

朝木のその主張が認められれば、当然のことながら、『週刊現代』は記事の根拠を失うことになる。『週刊現代』側としては、朝木に対する取材が確かに行われたこと、記事に掲載されたコメントは実際にあったことをまず主張・立証しなければならなくなった。この結果、『週刊現代』裁判は、当初は味方として創価学会と闘っていた相被告同士が、一審の途中から完全な敵対関係になるというきわめて珍しい裁判となったのである。

矢野は提訴された時点で敗訴を覚悟していたフシがある。朝木がコメントの事実を否定するまで、彼らは記事の中身に触れるような主張をしなかった。このまま『週刊現代』の方針に従っていくのか、一挙に手のひらを返して逃げの態勢に入るのか、どちらが自分たちの利益になるのか、矢野らはじっと裁判の推移をうかがっていたのだろう。

その結論が、「コメントはしていない」として『週刊現代』にすべての責任をかぶせるという想像をはるかに超えた裏切りだった。朝木明代の万引きとそれを苦にした自殺という事実を隠蔽するために利用するだけ利用し、都合が悪くなると、自分たちの発言をなかったことにしようとしたのである。利用はしても信用はしていないということだったのだろうか。

 相被告を切り捨てることを最初から想定していたからだと考えれば、『週刊現代』の弁護士に「受忍させてもいい」という申し出を断り、独自に弁護士を立てたことも理解できよう。ただそれが、今目の前で確認したばかりのコメントについて、まさか存在自体を否定し、『週刊現代』と敵対する可能性を秘めたものだったとは、『週刊現代』の代理人としてもとうてい想像できなかったのである。

さて、朝木が清水、天目石とは別の代理人を立てたことにどんな意味があるのか。『週刊現代』事件を知る者としては、朝木の心中にはなにか相被告に対する不信感のようなものがあるのではないか――そう思えてならない。

(つづく)
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