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りんごっこ保育園問題とは何か 第10回
協議に同席していた多摩中央信金

 高野が平成14年4月の時点で何の見通しもない「要望書」を提出した背景には、事業権確保以外にもっと現実的な理由があるようだった。それは予算編成との関係である。東村山市はりんごっこ保育園予算を平成15年度予算案に計上しているが、通常の予算編成では、前年の4月までに「要望書」を提出し、その後申請者と所管との間の協議期間を経て、10月末に所管が予算要望して全体の予算に組み入れられる。

 ただし、計画に変更があった場合には10月以降の変更も認められる。りんごっこ保育園の場合もそうだった。平成14年12月に入って保健福祉部から「計画変更及び実施」と題する起案書を提出された財務課は、同年4月の段階で「要望書」が決裁されていることを確認した上で決裁した。これによってりんごっこ保育園の予算は平成15年度の予算に組み入れられたのである。

 逆にいえば、仮に高野が、土地が現実に確保された平成14年11月下旬の時点で「要望書」を提出したとすればこれはまったく新規の事業要望となり、15年度予算には間に合わない。つまり、15年度予算に間に合わせるためには高野はとにかく4月の段階で要望書を提出しておく必要があったということである。

 さらに、「計画変更」の期限は予算書作成との関係から平成15年1月中旬がリミットという。となれば、起案書の決裁にも時間をかける余裕はなかった。当然、事業計画を児童育成部会や厚生委員会に報告し、意見を求めていては、疑義が提出される可能性もあり、とうてい平成15年度の予算編成に間に合わなくなる可能性が高い。こうして高野と保健福祉部は平成15年度の予算編成に間に合わせるために、すべてを水面下で進めようとしたということではなかっただろうか。

無から有を生じるような私財形成

 平成14年12月13日の段階ですでに市長決裁がなされていたにもかかわらず、その後も保健福祉部が「まだ計画が固まっていない」などとして公表を拒み、水面下で進められていた認可申請計画が露顕したあとも高野、東村山市ともに平成15年4月1日の開園にこだわったことにはもう1つの理由があったらしいことがのちに判明している。

 高野は土地購入と園舎建設に関して「公費の負担を受けず、私財をなげうって」と説明しているが、実は高野は多摩中央信金(以下=たましん)から1億3500万円の融資を受けていた。1億3500万円とは土地と園舎建設費の合計額にほぼ匹敵する(土地はやや高めだが)。さらに高野自身の説明によれば、「保健福祉部と高野との協議の席にたましんが同席し、償還計画、定員などを決めた」というのである。

 これはいったいどういうことを意味するのか。補助金額は定員によって決定される。すると、高野が借り入れた1億3500万円をより早く返済するには定員はなるべく多い方がいい。高野と保健福祉部、たましんの3者の協議の結果出てきたりんごっこ保育園の当初の定員は認可基準ぎりぎりの81名である。これが返済を早めようとするものであることは明らかだろう。つまり、りんごっこ保育園の定員は実質的にたましんが決めたものともいえるのではないか。

 100平米2階建ての園舎に定員81名を確保するには相当の保育面積を確保しなければならない。その結果、園舎は可能な限り敷地いっぱいに建て、園舎内は可能な限り保育空間として認められるものにしなければならない。そこで廊下もホールもない設計とし、トイレも専用のものを作ると余計な面積を使ってしまうから専用の空間を設けず、保育室に仕切りをしただけで便器を並べるという方式を採った。このトイレは保育面積には含まれないが、保育面積を少しでも確保するための最善の方法であり、これが高野が自慢する「ポッポトイレ」なのだった。もちろん園庭など、借金返済の邪魔になるだけであり、検討の余地すらなかったはずである。借金返済を最優先した計画と評価されてもやむを得まい。

 たましんが保健福祉部と高野との協議の席に同席することになった経緯は定かではないが、最終的にたましんの同席を許したのは保健福祉部である。すなわち形の上では、たましん同席の下に進められた認可申請計画を保健福祉部も容認していたということになる。高野が厚生委員会で提出した文書で「市側担当者の方々が、詳細をご承知です」と述べているのはこの点も含んでいたのだろう。保健福祉部もまた、高野が文書でいう意味を理解していたはずである。保健福祉部はたましんの同席を許した時点で身動きの取れない状況に陥った様子がうかがえる。

 では、たましんを交えたその協議の席に朝木直子も同席していたのかどうか。後日、その点を朝木に確認すると、朝木はなぜか顔を横に向けたきりノーコメントを押し通した。なぜノーコメントなのか。いなかったのなら即座に否定すればよかろう。この反応をみるかぎり、たましんを交えた協議の場にも朝木が見届け役として同席していたとみるのが自然のようだった。今から考えれば、朝木が厚生委員会に乗り込み、高野の文書を読み上げるよう迫ったことにはそれなりの裏付けがあったのである。平たくいえば、脅しということになろうか。

 ところで、りんごっこ保育園の担保価値は土地と建物を合わせてもせいぜい6、7000万円とみられている。仮にこの土地を処分するとすれば、園舎はむしろ邪魔で売却には不利な材料にしかならない。そこに金融機関が1億3500万円もの融資を決定することは普通ではあり得ない。では、たましんが何を融資の担保としたのかといえば、認可されれば確実に交付される年間8000万円を超える補助金だったということ以外には考えにくい。

 高野は保育園建設のために「私財をなげうった」というが、実は「認可=補助金」を担保とするたましんの融資にそのほとんどを依存したものだった。しかも、土地・建物は高野個人の名義となっており、補助金(一部は高野個人の給料を充当するという)によって借金を完済したあかつきには、土地・建物は晴れて高野の個人資産となる。金融機関の融資と補助金(公金)を利用した、無から有を生じるような私財形成というべきだろう。これを「手品のようだ」と評する人もいる。高野はその1億3500万円を10年で償還する予定という。

 とはいってももちろん、土地・建物が高野個人の資産となるのは1億3500万円を完済しての話である。この認可申請計画が頓挫すれば、高野にはこの融資がそのまま借金として残ることになる。おそらく返済計画は平成15年4月から始まる予定となっており、高野はなんとしても4月1日に開園させなければならなかった。そのためにも児童育成部会や議会に意見を求めている時間はなかったということではなかっただろうか。

(第11回へつづく)

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テーマ:社会 - ジャンル:政治・経済

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