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りんごっこ保育園問題とは何か 第12回
高野擁護に回った共産党

 実体のない「要望書」と「事業計画書」による事業権確保(平成14年4月16日)とその計画決定に実質的に金融機関が深く関与したこと、それに基づく起案書の決裁(同年12月13日)と園舎の建設着工というりんごっこ保育園の認可申請までの一連の動きが、既成事実を積み上げることで強引に計画を実現させようとしたものであることは明らかだった。情報を開示したときにはすでに園児募集も終わり、開園が目前に迫っているというのでは、関係者の間から反対の声が上がったとしてももう現実を止めることはできないだろう。現実に、平成14年末にりんごっこの認可申請計画が洩れなければ、高野と矢野の目論見は議会や保育関係者の意見をいっさい無視して現実のものになろうとしていたのである。

 少なくとも、情報公開をめぐる高野の対応は既成事実化が狙いだったと受け取られても仕方ないものだった。事業主の立場がいかに形式上は個人であろうと、年間8000万円を超える補助金が交付される以上、それは公共事業にほかならない。設置者が個人で、本人が情報開示を拒んだとしても、そのことを理由に実施内容だけでなく施設名さえも明らかにしないというのは、誰からみても異常である。

 認可保育園として計画しているりんごっこ保育園の情報が明らかに個人情報でないにもかかわらず、東村山市保健福祉部が情報開示について必要以上に慎重になったのは、高野の背後にいる同居人の矢野穂積を意識したからにほかならない。ヘタに情報を公開すれば訴えられると考えたとしても不思議はなかった。実際に保健福祉部の担当者の1人は、「一応適法に申請が行われているものを、矢野の存在を理由に排除すれば、今度はこっちが訴えられる」と語っている。行政の公平性の観点から、あくまでも背後事情にすぎない(それも推測)矢野の存在を行政判断に考慮することは軽々にはできない。そのことは十分に矢野の計算に入っていただろう。

市民と行政に責任転嫁

 とはいえ、市議会本会議で「拙速な認可の見直しを求める決議」が議決されるに至り、高野(=矢野)は施設名まで出さなかったことはさすがに市民の理解は得られないと考えたらしく、3月の予算特別委員会では「土地選定及び施設設計等経過」と題する文書を提出した。文書には平成14年2月、高野が東村山市保健福祉部に開設相談したことに始まり、その後の東京都や市との協議などの経過が時系列に並べられていたが、文書の末尾にはこんな一文が添えられていた。

〈2002年12月11日に東京都から設計図面につき承認するとの見解をえており、議会(厚生委員会)等への行政報告は、行政の責任で1月以降になされると考えており、関係資料の公表を予定していたが、再三の事業妨害により、個人情報であり、不測の事態が予想されるので、全部公表でなく一部公表にとどめた。〉

 高野はりんごっこ保育園に関する情報をいまだに「個人情報」であるとし、情報公開してこなかった理由として「再三の事業妨害」があったからだという。「事業妨害」の事実があったのか。文書で高野は、

〈2003年2月1日、施工業者に匿名で「工事をまだやっているのか」という嫌がらせ電話が架かり、直後に匿名の怪文書ファックス。金融機関にも嫌がらせ。〉

 と記載しており、これが「事業妨害」であるという。当時、りんごっこ保育園に関する情報がなんら開示されない中で、市民が情報収集に動いたことは事実である。しかし、市民がたましんや施工業者(多摩ミサワホーム)に事情を聞こうとしたとしてもなんら不思議はないし、それが高野のいう「嫌がらせ」目的だった事実はない。むしろ、年間8000万円もの補助金が支出される認可保育園の情報について、高野や行政が園名はおろか設置者の氏名まで隠したまま計画を進めようとしなければ、市民が独自に情報収集をしなければならないという状況にはならなかったのである。

 つまり高野が提出したこの文書は、「議会等への報告は行政の責任でなされると考えていた」とした上、虚偽の事実を捏造し、情報公開してこなかったことの責任を市民になすりつけ、自分には非がないと主張するものにほかならなかった。矢野と同居すると、その特異性まで似てくるのだろうか。

「市が園庭を作ってやれ」と共産党

 高野が「土地選定及び施設設計等経過」を提出することで情報公開をしたことにし、すでに園舎が完成しているという既成事実を主張することで事態を乗り切ろうと考えていることは明らかだった。「情報公開したんだからもういいだろ」ということである。

 3月の予算特別委員会で、一連の手続きの不透明さを不問に付し、あくまで園舎がすでに完成したという事実を前提に話を進めるべきとする議論を展開したのは矢野と朝木だけではなかった。水面下で進められてきたことに対して「公明正大な方法で進めることを求める請願」の採択には賛成した共産党は、認可に関しては別の考え方を示したのである。まず保延努はこう述べた。

「わが党の立場は、水準を下げないということと同時に待機児を解消させるという問題、この両方を両立させなければならない、こういう立場です」

 その上で保延は、待機児解消が市の緊急課題の1つであることを大義名分にりんごっこ保育園の認可条件を上げる、つまり園庭を作るなどした上で認可させる方向を模索すべきと主張したのである。共産党の子育て支援に関する考え方自体はおかしなものではない。しかし保延(共産党)が本気で、高野と矢野がやろうとしているりんごっこ問題でも共産党の考え方が通用すると考えたのなら、それはあまりにも現実感覚を欠いたもののように思われた。

 東村山で発生したりんごっこ問題は、保育の水準を守るという以前に、年間8000万円にものぼる巨額の補助金獲得を前提にした利権問題でもある。りんごっこの場合には、1億3000万円の借金を一定期間内に返済しなければならない。したがって補助金額は多ければ多いほどよいが、補助金額は園児数によって決定されるから、限られた面積の中で最大限に補助金を確保するには、土地いっぱいに建物を建て、国基準ぎりぎりに園児を詰め込むのが最も効率的である。その結果が定員81名であるにすぎなかった。つまりこの数字は、補助金を最大限に引き出すことを前提に設定されたものなのである。そこにはそもそも、園庭を設けるなどという発想が存在する余地はない。むしろ高野にとって園庭はまったく無駄な存在でしかなかったのである。

 保育環境を優先すれば、余裕をもった保育計画を策定する中で園舎と園庭が設計され、定員はその結果で決まってくるはずである。ところがりんごっこの場合は逆で、すべては借金に始まり、返済計画を策定する中で園舎が設計され、定員が決められたとしか考えられなかった。敷地境界線からわずか2メートル内側いっぱいに建てられた倉庫のような園舎がそのことを歴然と物語っていた。

 共産党は手続きの不透明さについては批判し、公明正大に行うよう求めた市民の請願には賛成したにもかかわらず、園の認可そのものについては施設の改善を条件に認めるべきだという。さらに保延はこう付け加えた。

「行政がそういうこと(園庭を作る)を指導する以上、財政的な援助をするということが当然ありますよね」

 待機児解消のためなら、事業主が保育を委託するにふさわしい人物であるかどうかなど無視してもよいというのが共産党の考え方であるらしい。その上、協議の段階では虚偽説明をし、その実現が危うくなると今度は行政を脅すような連中に「行政が金を出して園庭を作ってやり、認可してやれ」と保延はいうのである。彼らに認可を与えればどういうことが起こりうるか、現実を見ようとしない共産党にはなんらの想像もできないようだった。

(第13回へつづく)
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テーマ:社会 - ジャンル:政治・経済

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