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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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多摩湖寿会事件 第89回
深々とお辞儀をした清水澄江

 平成30年5月24日、集中的に行われた被告側に対する尋問の最後に証言台に立ったのは多摩湖寿会会長の清水澄江である。清水はまず傍聴席から当事者席に入ってきて、証言台の横に立つと、3人の裁判官が並ぶ裁判官席に向かって深々とお辞儀をしたものである。

 通常、原告であろうが被告であろうが、裁判官の指示に従って証言台に立ち、事実(あるいは事実として意図的な虚偽)を述べるだけであり、証言に先立ってことさら裁判官に挨拶をすることはない。裁判所は事実に基づいて原告被告どちらの主張に正当性があるかを判断する場所であり、裁判に無関係の事情によって判断が左右されるような場所ではないのである。

 清水は、裁判官に対して礼儀を失すると不利益を蒙るとでも思ったのだろうか。だとすれば、清水はなにか大きな勘違いをしていたようだった。

「初対面の日」へのこだわり

 さて、清水は主尋問でこれまでの主張を繰り返し、特に真新しい主張は出てこなかった。主尋問の中でやや注目されたのは、朝木の代理人が最後に訊いた質問である。清水の代理人に代わって質問に立った朝木代理人は、多摩湖寿会の会計問題をめぐり、清水と朝木がいつ会い、どのような調査を行ったかについて訊いた。



(清水と朝木が初めて会った時期)

朝木代理人
  ……あなたが被告の朝木さんと初めて会われたのは、今回の不正会計問題が発覚した後のことですか。

清水  はい。平成28年8月21日、センター祭りで、私どもの出番が終わった後に、初めてお目にかかりました。



 清水と朝木は「初めて会ったのは平成28年8月21日」であると強調する。2人が「初めて会った」と強調するこの日、清水は朝木に誓約書の履行条項を一方的に破棄する内容の示談書を作成するよう依頼している。そのような重大な書面の作成を、弁護士でもない初対面の人物に依頼するとは、どう考えてもあり得ない話である。

 常識的に考えれば、それ以前に2人はどこかで会って、誓約書を破棄し、「山川は横領を認めて謝罪する」とする文言を記載した示談書を新たに作成する相談をしていたのではあるまいか。仮に会っていなかったとしても、何者か第三者が仲介し、少なくとも電話での打ち合わせが行われていたとみるのが自然ではあるまいか。そうでなければ、初対面の人物にいきなり4日前に交わされた誓約書の内容を一方的に破棄する示談書の作成を依頼することなどあり得まい。

 清水と朝木が事実に反して「初めて会ったのは平成28年8月21日」であると強調しているとすれば、それには理由がある。

 平成28年8月17日、清水澄江は山川との間で「今後、金銭的な内容についてこれをもって一切申し立てをしない」とする誓約書を交わした。その場には他に、誓約書の当事者として多摩湖寿会副会長の清水昇、同前会長の加藤幸雄も署名捺印し、さらに立会人として大野清吉が署名捺印している。その誓約書を、調印からわずか4日後に、一方的に破棄する趣旨の文言が記載された示談書なるものを作成することを、寿会会長である清水が誓約書の関係者の承諾なしに独断で朝木に依頼するということがあり得るだろうか。

 その点について清水も朝木も、誓約書の成立後に「示談書が必要との話が役員の間から出た」とする曖昧な理由によって示談書の作成を肯定している。しかし、そのような話が「いつ、誰から出たのか」という山川の質問に、朝木は明確に答えなかった。

 それどころか、午前中に行われた加藤幸雄に対する尋問では、加藤も大野も、清水が示談書の調印を行うとして招集した会合の場で、その日に清水から示談書を見せられるまで、「山川は横領を認めて謝罪する」旨の文言が含まれていることを知らなかったことが明らかになった。「役員の間で示談書が必要という話が出た」などという事実が存在しないことは、朝木と加藤の供述から明らかというべきだった。

私怨との境界

「役員の間で示談書が必要という話が出た」ことが、4日前に調印した誓約書を一方的に破棄する内容の示談書を作成する根拠ではないということになると、示談書はいかなる理由で、誰によって発案されたものということになるのか。寿会の側からでないとすれば、最も有力な可能性として浮上するのは、「山川は横領を認めて謝罪する」との文言が記載された示談書の作成をもちかけたのは朝木だったのではないかということである。

 朝木がもちかけたと仮定すれば、示談書の作成は寿会の見解を代表して清水が朝木に依頼したのではなく、朝木が誓約書の内容を覆す示談書の作成を提案し、これを清水が独断で了承したものということになる。――これが示談書作成の実情だったのではないか。

 示談書の作成は朝木がもちかけたものだったということになると、部外者である朝木がいったんは誓約書に納得していた寿会役員らの意向を無視して、誓約書を一方的に破棄する内容の示談書を作成したことになる。寿会役員の意向が反映されていない示談書とは、山川を横領犯に仕立て上げたい朝木と清水による個人的願望を実現させようとするものにすぎなくなる。そうなれば、以後の山川に対する追及についても、公益性に関して疑問符が付けられることになりかねない。

 しかし、尋問で朝木の代理人が確認したように、清水が朝木に示談書の作成を依頼したと主張する平成28年8月21日に2人が初めて会ったということになると、いかに朝木でも初対面の清水から本件の話を初めて聞き、誓約書ではなく示談書を作成すべきとの提案までやってのけたと考えるのは難しいということになろう。清水も朝木もそれ以前には電話での打ち合わせをしたともいっていない。したがって、清水と朝木は同年8月21日に初めて会ったことが確認されれば、やはり役員の意向を受けた清水が朝木に示談書の作成を依頼したという説明が自然なものとなるのである。

 朝木の代理人が本人訊問の最後で確認した質問にはこのような意味が含まれていたのではあるまいか。

(つづく)
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