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著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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議席譲渡議員の退場 1
 平成31年4月21日に執行された東村山市議選の後、平成11年5月から5期20年にわたり東村山市議を務めてきた1人の現職市議が、おそらくは誰からも惜しまれることなく東村山市議会を去った。草の根市民クラブの矢野穂積である。

 ここ数年、矢野は議場に杖をついてくるほど身体的衰えが著しく、議場で質問に立っても思うように口も回っていないように見える状態だった。質問内容も、以前にも増して、たんに時間を消費しているだけのように私には思えてならなかった。質問に内容がなく、にもかかわらず限られた議会の貴重な時間を消費しているだけなら、税金の無駄遣いといわれても仕方があるまい。

 矢野の無残な質問風景が傍聴者を通じて他の市民に伝えられていたとしても不思議はない。議会での質疑の状況はインターネットでも見ることができるから、かつては矢野を支持していた市民も矢野の衰えを知り、議員としての限界を感じていたのかもしれない。だとすれば、これも東村山市議会がインターネットによる議場中継を導入したことによる大きな成果といえるのではあるまいか。

「庶民派」という仮面

 矢野が31人中29位で落選したことは何の話題にもならないだろう。しかし、この落選をもって矢野のこの20年を忘却してはいけない。むしろ、今回落選するまでに、矢野が「庶民派」「革新」を標榜して20年もの間、東村山市議として存在し続けたことを、市民は顧みるべきではあるまいか。

 矢野にとって、これが2度目の落選であることを知る市民は少なかろう。矢野は平成7年4月に行われた東村山市議選に初めて立候補したが、次点で落選していた。これだけならどうということはない。「矢野さんは最初に落選したけれども、再度立候補して当選し、その後20年間市議会議員を務めたのね」ですむ話である。

 しかし、最初に落選した際、「庶民派」をうたう矢野という人物の本性が「庶民派」どころかきわめて自己中心的なものであることを裏付ける事件が起きていた。またその事件には、矢野だけでなく、先の東村山市議選で4位当選した現東村山市議、草の根市民クラブの朝木直子が深く関わっていたことを忘れるべきではなかろう。

重大な裏切り行為 
 
 平成7年4月に執行された東村山市議選には草の根市民クラブから矢野のほか、朝木直子とその母親である朝木明代が立候補した。明代は前回トップ当選していたから、矢野はあわよくばもう1議席、2議席と勢力拡大を狙った。その結果は、明代が2期連続のトップ当選。娘の直子が4位で当選を果たした。ところが、草の根のリーダーである矢野が次点で落選したのである。

 朝木母娘が当選、矢野が落選というのが民意だった。この結果を誰がどう判断し、また論評しようと、誰もこの結果すなわち民意に手を加えることはできない。それが民主主義を支える選挙制度のルールである。

 ところが東村山では、民意を覆そうとする動きが起きた。通常ならあり得ない事態であり、選挙を管理する側としてもこれまで誰も経験しない事態だった。当選者の決定から3日後、4位で当選した朝木直子が当選を返上するといい始めたのである。

 そもそも、立候補者は当選して議員として働くことを目的にしていると有権者は認識しているから、議会で働いてもらうためにその候補に投票するのであって、当選しても当選を受け入れるかどうかわからないような人物に投票するはずがない。つまり、当選を返上するなどと主張し始めた時点で、朝木直子は有権者を裏切ったことになる。

民意に対する挑戦

 では直子が当選を返上するといい出した理由は何だったのか。直子は平成7年4月26日に開いた記者会見で次のように持論を述べた。

「矢野さんは、これまで8年間、毎回市議会を傍聴するなど、私よりも議会について精通しており議員としてより適格。繰り上げ当選してもらうために辞退することにした」

 次点で落選した矢野を繰り上げ当選させるためだった。当然このことを矢野が知らないはずがない。矢野と直子は、有権者が出した結論を彼らの恣意的な判断によって覆そうとしていたことが明らかだった。

「投票してくれた人を裏切ることになるとは思わないか」という当然の問いに対しては、直子は次のように強弁した。

「私への票はすべて、私個人ではなく『草の根』の政策に共感して入れてくれたものと考えている」

 また、記者会見に同席していた矢野はこう述べた。

「われわれは、議員は個人ではなくグループの一員として議会を改革するものと考えている。当初は3人当選するはずだった。私が次点になったのは偶然のこと。われわれの政策を実現するためには、次善の策とはいえ、こうするしかない。われわれは有権者の期待に応えられると思う」

「草の根」の政策を実現させようと思えば、矢野が当選できなくても、朝木母娘で実現を目指す道がなかったはずがない。どんなきれいごとを並べようと、誰にも改変できない有権者の意思を、矢野と朝木直子が彼らの勝手な理屈と都合によって変更させようと企てていることは明らかだった。当選者が自らの当選を放棄することによって落選者に当選を譲ろうという議席譲渡事件は、こうして始まったのである。

 もちろん、それまでの長い選挙の歴史の中で誰もこのような方法を企てた例はない。社会や市民に対する通常の誠実さや責任感を持つ者にできることとはとうてい思えなかった。

(つづく)
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