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著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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議席譲渡議員の退場 7
違和感のある契約書

 平成7年4月26日、直子は東村山から松戸に転出届を提出したが、早くもその翌日の4月27日、最初の移転先とは別の賃貸マンションの契約書を交わしていた。この事実は、最初の大統の会社の社宅への転出届がまさにとりあえず東村山からの転出という外形を作るためだけのものだったことを裏付けているといえるのではあるまいか。

 直子も、さすがにすでに他人が住んでいる家に引っ越したというのでは、あまりにも不自然すぎると考えた。だから、急いでこの一戸建て以外の移転先を探して契約したということと思われた。

 ただし、この契約書には違和感があった。この契約書にはいっさい直筆の箇所がないのだった。「借り主」の欄には「朝木直子」の名前があるが、この名前もワープロ打ちだったのである。

 これなら、直子以外の人物が契約を結んでいた可能性も考えられる。4月27日の夜には、直子は東村山の自宅にいたことが確認されているから、契約者が直子以外の人物だった可能性も信憑性が高まる。

 父親の大統の勤務先は松戸にあった。直子自身ものちに、新しい転居先を探すにあたっては「父に頼みました」と述べている。大統は毎日松戸に通っていたのだから、物件探しだけでなく、直子に代わって契約書を締結していたとしても不思議はない。

 この契約の場合も、最初の転出届ほどではないものの、早いに越したことはなく、契約を急いだことに変わりはなかろう。東村山以外の自治体に住んでいるという外形を早く整えたかったのだろう。

松戸の契約者

 直子は4月26日に松戸に住所移転をしたが、そこはすでに家族(4人)が住んでおり、直子の引っ越し先としてふさわしいとみられる場所ではなかった。そこで直子はすぐに、大統に頼んで誰も住んでいない別の物件を探してもらい、契約したことは疑いのない事実である。東村山以外の場所なら、どこでもよかったということになる。

 4月26日、直子から松戸に転出したとする届出書を提出された東村山市選管は、その時点での転出先に基づいてそれが正常に届け出られ、正常に受理されたものであるかどうかの確認作業を行い、その上で、矢野の繰り上げ当選を決定するための選挙会開催の準備を進めなければならなかった。前例もなく、想定すらしていない事態に振り回される東村山市選管の困惑と混乱は容易に想像できた。

 そんな市選管を尻目に、直子は最初の移転先が不自然とわかると、すぐに次の移転先を決めていたのである。直子と矢野にすれば、いずれにしても東村山の住所ではないのだから、直子の当選が失われることに変わりはないということなのだろう。

 それにしても、最初の転出届の翌日にはもう別の物件と契約とは、いかに父親が松戸の会社に勤めているとはいえ、あまりにも手はずがよすぎないか。そのはずだった。この物件もまた、父親が務める会社の所有物件だったのである。要するに、直子がスムーズに松戸への転出手続きができたのは父親のおかげということになる。

見当たらない生活の痕跡

  この2件目の物件はJR松戸駅近くにある5階建てのビルの4階の一室で、「許さない会」が調査に行った当時、部屋のドアには直子が契約する前に入居していた「株式会社栄晃」という会社のステッカーが掲げられたままだった。この部屋に直子は本当に住んでいたのか。

「許さない会」の調査によれば、この部屋のガスは4月、5月とまったく使用されていなかった。ドアには前の会社のステッカーが貼られたこの部屋で、27歳の直子はガスも使わずに生活していたのだろうか。

 直子はこの点について、「ガステーブルにあった電気コンロを使用していた」と供述し、シャワーについては電気なのかガスなのか、明確には答えなかった。実際にシャワーを使用していたとすれば、電気かガスなのかを認識しないということは通常は考えにくい。

 そう考えると、直子はこの部屋でシャワーも風呂も使ってはいないとみるのが妥当だろう。普通に生活していて風呂もシャワーもつかわないことはあり得ないから、この会社のステッカーが貼られたままの部屋で生活していたという直子の主張を信用するのは難しいというべきだろう。

20日後に3度目の転居

 この雑居ビルで直子は生活していなかったと思われる理由は、この部屋の状況だけではない。直子は雑居ビルに5月9日に転出届を提出しているが、それからわずか20日後、別の賃貸マンションに転出していたのである。いったん転居した部屋で生活していたとすれば、これほど短期間に引っ越すことは常識では考えられない。

 最初に松戸に住所を置いた家には父親の会社の社員一家が4人で住んでいた。いかに父親の会社の社宅とはいえ、4人で暮らす他人の家庭で暮らすことはできないし、「朝木はそんなところで本当に生活しているのか」と怪しまれても不思議はない。

 直子と矢野に必要だったのは、東村山市外に転出し、4月のうちに被選挙権を喪失させることだった。4月26日はギリギリのタイミングだった。だから最初は急遽、東村山市外で相手から了解を得られるところに転出届を出して、東村山市外に転出したことだけを主張した。

 直子と矢野は、たんに住民票を置いているだけではなく、ちゃんと生活していなければ住所とはみなされない恐れがあることを最初から認識していたのかもしれない。当初は、とりあえず東村山市外への転出を認めさせ、矢野の繰り上げを実現させれば、あとはゆっくり現実に住める場所を探せばいいと考えていたのだろう。東村山に被選挙権がないことに変わりはないのだから。

 しかし、4月28日に続いて5月11日に開かれた第2回選挙会でも矢野の繰り上げ当選が決定できなかったことで、直子と矢野は実際に生活している状況が必要との思いをより深めたのではあるまいか。最初の移転先に「許さない会」のメンバーが調査に来たという情報も直子の耳に入っていたことだろう。だから、2度目の転居からわずか20日後、実際に生活が可能な部屋を借りることにした――こういうことではあるまいか。

 このとき、直子も矢野も、1カ月という短期間に3度も住所移転を繰り返したことが自らの首を絞めることになろうとは考えもしなかったようである。

(つづく)
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