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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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議席譲渡議員の退場 8
法に従おうとした東村山市選管

 平成7年4月26日、2日前に行われた東村山市議選で4位当選した「草の根市民クラブ」の朝木直子は、午前中に東村山市役所に千葉県松戸市への転出届を提出し、その足で松戸市役所に行って転入届を提出、再び東村山市役所に戻って転出証明書を入手して東村山市選管に提出するという離れ技を演じた。直子が当選人の地位にあるうちに自らの被選挙権を喪失させ、矢野の繰り上げ当選を確定させるためだった。

 東村山の被選挙権を失ったとする届出書の提出を受けた東村山市選管は、5月1日の議員任期の始期を控え、矢野の繰り上げ手続きを急いだ。市選管としては、公選法の規定に従い、当選人の住所に疑いを持つに至ったときは、これを調査し確認しなければならず、議員資格取得までの間にこの事実が明らかになれば、選挙会を開催して同人の当選を無効として繰り上げ補充手続きをしなければならない。

 市選管は住所に関する事実確認について、住所移転の実体ではなく、転出届が正常に提出され、東村山市から住民票が抹消されたかどうかについての確認であると理解していた。よって、市選管は直子の届出を受けて、ただちに東村山市長に対して転出の事実を確認し、翌4月27日、4月28日に繰り上げ補充をするための選挙会を開催することを告示した。

移転の事実を信じた理由

「許さない会」は東村山市 選管が認定、決定した直子の当選失効と矢野の繰り上げ当選に対して、その取り消しを求める行政訴訟を提起した。裁判で「許さない会」は「住民票上の確認だけでなく、実体として移転しているかどうかの確認が必要」と主張したが、市選管側は当時の繰り上げ補充手続きに瑕疵はないと主張した。

 転出届を提出する前、直子は「矢野さんに当選してもらうために当選を辞退することにした」と表明していた。直子の転出が生活上の理由によるものではなく、矢野に議席を譲ることを目的とするものであることは容易に推測できた。したがって、その転出が形だけのものである疑いを持たれたとしてもやむを得ない状況だった。

 しかし、東村山市選管は転出の実体を問題視することはなかった。その理由について、市選管は裁判で次のように主張している。

「原告らは、市選挙管理委員会が朝木直子にかかる当該市からの転出につき疑念を懐かなかったことを攻撃しているが、正規に転出届がなされ、しかもその転出届をした者が多くの市民の信託をうけ、法を守り法に基づく行政執行をする『市』という公共団体の組織を構成する一員である市議会議員になるべき本人であったから、かかる者が折角得た地位を喪失するというような手続に虚偽があり得るとは常識上考えられないし、かつ同行して来た同市の市議会議員の母親自身もこの転出の事実を承認していたから、市選挙管理委員会がこの転出に一点の疑念も持つに至らなかったのは当然のことであって……」

 市選管としては、市民の信託を受けた市議選の当選者と市議である母親が引っ越したというのだから、実体としてもそうであることを疑わなかったというのは、確かに常識ではそうかもしれない。しかし、直子が当初は当選辞退を申し出た事実があるのだから、市選管としては書類の確認だけでなく、松戸での生活実体について調査をすべきだったのではあるまいか。

 実際に、直子は東村山市選管が4月28日に選挙会を開くことを告示した4月27日には、早くも2回目の移転先である雑居ビルの部屋の契約に及んでいる。市選管が住所移転確認の基礎事実としていた転居先の住所は、その翌日には変更されていたのである。もちろんそんなことを、市選管が知る由もなかった

 確認の前提が変更されていたのでは、市選管が行った確認の内容は、選挙会を開催する時点で無効なものになっていたことになる。直子が4月27日のなって次の転居先を契約したことを仮に市選管が知っていたとすれば、改めて住所確認をしようとしたのだろうか。

全国に前例のない行為

 仮に市選管が、直子が最初の転出届を提出した翌日、別の部屋を契約したことを知ったとしても、その住所が東村山以外であれば、東村山の被選挙権を失うことに違いはないから、その後の住所移転については問題視しなかった可能性がある。なぜなら、日本の選挙史上、当選者が落選者に当選を譲るために自ら被選挙権を喪失させるという出来事は前例がなく、公選法がいう「住所」とは何なのかについて明確な定義がなかったのである。

 直子は当初から「矢野に当選を譲るために当選を辞退する」と表明していた。したがって、東村山市選管としても、自治省も東京都選管も、直子の転出が最終的に矢野を繰り上げ当選させるためであることは容易に推測できた。すると当然、転居先の生活実体について疑念が生じてもなんら不思議はない。

 しかし、東村山市選管を指導する立場にある自治省も東京都選管も直子の松戸における生活実体について調査するよう指示はせず、目の前で起きようとしている実質的な議席譲りという行為を黙認するほかないという判断だった。とにかく前例のない事態であり、また議員任期との関係もあり、直子の生活実体を調査すべきという判断には至らなかったものと思われた。

 こうして平成7年5月21日、第3回目の選挙会において、選挙長は反対意見を押し切り、矢野の繰り上げ当選を決定した。2日後の5月23日には新しい任期を迎えた市議が出席する臨時議会が予定されていた。選挙長は市選管としての責務を一刻も早く果たしたかったのではあるまいか。

 5月23日、繰り上げ当選が認められた矢野穂積も臨時議会に出席した。臨時議会は議席譲渡に反対する市民が多く傍聴に訪れ、矢野に対する非難の声が飛び交い、矢野がそれに応戦するなどして騒然となった。しかし、傍聴席から市民がどれほど批判しようと、矢野が議員となった事実が揺らぐことはなかった。

 それから6日後の5月29日、直子は松戸市内で3度目の引っ越しをしていた。矢野の繰り上げが認められたことでホッと胸をなでおろしていたのだろうか。

(つづく)
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