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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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りんごっこ保育園問題とは何か(第2部)  第3回
市側との話し合いを拒んだ高野博子


半年弱で9名の保育士が退職

平成20年1月31日  保育士3名、栄養士1名
       3月31日  保育士4名、栄養士1名、看護師1名
       5月31日  保育士2名


 りんごっこ保育園の「園だより」などから確定的に判明した、平成20年1月31日から6月3日までの間にりんごっこ保育園を退職した職員の数である。保育士定数10名の保育園で半年弱の間に9名が退職という事実がよくあることなのかどうか、またこの事実が何を意味しているのかは定かではないものの、仮にこの事実がりんごっこ保育園のなんらかの異常事態を示しているのだとすれば、さらに潜在的な退職希望者も少なからずいるとみるべきなのかもしれない。

 いずれにしてもりんごっこ保育園は、認可保育園である以上、国最低基準を遵守しなければならず、この間に辞めていった保育士の穴埋めをしなければならない。東村山市保健福祉部から保育士の補充に関する改善指導を受けてなお指導自体を拒否しているこの保育園が、はたして確実に辞めた9名分の保育士を補充しているのかどうか。保健福祉部の改善督促に対しても誠実に答えようとしないこの保育園が保育士を充足させているはずがないとみるのが自然だろう。

 危機的な状況である。同園にとって、保育を委託している東村山市にとって、また認可権限者であり、最終的な監督責任を負う東京都にとってもそうだろう。しかし、最も危機にさらされているのは、このような何が起きているのかわからない保育園に預けられている子供たちであることを忘れてはいけない。

保育士を引き連れて市長を訪ねた高野の狙い

 では東村山市は、このような改善指導自体を拒否するような保育園をなぜ認めるに至ったのか。本シリーズ第1部で述べたように、認可申請書提出前の段階からすでにまともな話し合いが困難な相手であることは明らかだった。今りんごっこ保育園で起きていることはまったく予想外の出来事ではないのである。設置者高野博子およびその同居人である矢野穂積の資質を知りながら、「待機児解消」という市民受けのみを狙い、市民を守るべき市長として認可拒否という勇気をもった決断を最後までしようとしなかった細渕一男前市長の罪はきわめて深い。

 さて、東京・東村山市議、矢野穂積が水面下で画策したりんごっこ保育園の認可計画が挫折した原因の1つは、架空の事業計画によって事業権を確保しようとしたこと、さらには園舎の建設に着工しようとする段階に至っても関係者に情報をいっさい公表しようとしなかったことなど、きわめて独善的かつ不誠実な設置者高野博子の姿勢にあった。この結果、東村山市議会は同保育園に予定されていた平成15年度予算案を否決した。

 当時、すでに園舎は完成していた。普通の人間なら、これまでの姿勢を改めて周囲との関係修復を進め、正常な開園への途を探るところである。まして「待機児解消のために私財を投げうった」(高野)というのなら、関係者の意見を聞き入れ、できるだけ早期の開園を目指すのが当然だろう。

 もちろん実情は土地購入費と園舎建設費1億3000万円を多摩中央信用金庫から借り入れ、補助金(一部は自分の給料)で返済し終えたあかつきには土地と建物が晴れて自分のものになるという手品のような計画だった。しかしそれも、平成15年の認可が認められなかったことで予定していた年間8200万円の補助金が入らなくなり、返済計画に大幅な狂いが生じただろうことは容易に推測できた。とすればなおのこと、行政との歩み寄りを模索するのが普通の発想と思われた。

 平成15年の東村山市議選が終わる4月末まで、高野から市に対して何の動きもなかった。園舎には連日十数名の職員が集まり、飾りつけや研修らしきものをする光景がみられた。なぜか無関係のはずの矢野と朝木直子も毎日のように保育園に現れていたものだった。しかし5月に入り、園舎には出勤する職員の姿も見えなくなった。

 動きがあったのは不認可決定から1カ月後の平成15年5月8日。高野は「話し合い」と称して朝木直子と採用したばかりの若い保育士数名を連れ立って市を訪ねた。市側は細渕一男市長、助役、保健福祉部長、保健福祉部次長が対応した。

 3月議会で市長は、平成15年2月から3月にかけて高野が矢野や朝木、弁護士を伴って市長部局を訪れ、市長や助役に対して「認可しなければ損害賠償請求訴訟を起こす」と脅しともとれる発言を繰り返していたこと、また高野が弁護士同伴でなければ話し合いに応じないとしていたことに触れ、「このような状態では高野氏とは人間としての話し合いはできない」と語り、「高野が1人で誠実な話し合いに応じないかぎり認可の進展はない」と明言していた。その市長が、朝木だけでなく職員らを連れてきた高野になぜ会ったのか。いったんは決裁印を押した以上、その認識の甘さはともかく、市長には高野が姿勢を改めてくれればという思いがあったのだろう。

 この日、高野は市が策定を進めていた私立保育園設置の「ガイドライン」に従う意思を示した。しかしその一方で、高野は保育園が不認可になったことで、すでに採用していた職員たちの職場が奪われていると訴えたという。高野は若い職員たちを実際に連れて行くことで、彼女たちが置かれた境遇に対する精神的負担を市側に押しつけようとしたようにみえる。つまり、高野はガイドラインに対する柔軟姿勢と若い保育士の境遇を訴えるという硬軟両様を織りまぜ、市長に認可を迫ったということだろう。

 これは交渉か取引、悪くいえば職員をダシにした穏やかな脅しであり、少なくとも「話し合い」ではない。そもそも高野に誠実に市側と話し合う気持ちがあるのなら、職員を引き連れていくことはあり得ない。人のいい市長も、このときやっと高野の目的に気がついたのだろう。市長は職員の話が出てきた時点で「話し合い」を打ち切った。市側にとってこのとき改めて確認されたのは、「話し合い」のそぶりをみせるだけで強引に認可を迫ろうとする高野の基本姿勢は、矢野が弁護士を同伴して市長に面会を迫ったときと何も変わっていないということだった。これは当然、矢野の考え方でもあったろう。

 もちろん、高野が市側の提案を受け入れたからといって議会が認可を認めるという保証はない。それまでの経過からいって当然、高野の保育園設置者としての適格性が問われることになろう。実際、平成15年5月22日には、それまでの高野の一連の行為について議会としての見解を確認する趣旨の請願が市民から提出されている。認可申請に至る経緯の不透明さに対する議会の認識はすでに確認されていたが、この間に高野が行った虚偽申告や同業者に対する誹謗中傷および公共事業を行おうとする者としての適格性についての議会としての認識はいまだ市民に十分に明示されてはいなかったからである。

 平成15年6月に入り、5日、12日、13日の3度にわたり、市長と助役などがりんごっこ保育園に高野を訪ねている。高野が施設・条件を改善するために、市の意見を聞き入れる余地があるのかどうかを直接確認するためである。当然、矢野と朝木も同席していた。しかし結論からいえば、高野(つまりは矢野)は最終的に譲歩の姿勢をみせなかった。

 彼らはなぜ正当性を主張するばかりでかたくなに譲歩を拒むのか。その理由は常識では計り知れない。しかし少なくとも、彼らがとうていまともな話し合いなど期待できない相手であることを改めて確認させる出来事が、市幹部が高野と最後に会ってから4日後に起きたのである。


(第4回へつづく)

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