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著書紹介

民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

『民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒』(ユニコン企画発行、長崎出版発売、1200円+税)

現在の“東村山の闇”の原点である議席譲渡事件と女性市議転落死事故についてのルポルタージュ。今は絶版となっていて書店では買えないが、手元に在庫があるので、希望の方はこちらにメールしてください。書籍代+送料でお分けいたします。

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「東村山」の民主主義汚染を検証する 第1章 遺族の主張とメディアの報道  第9回
警視総監にも報告 

 矢野が行政解剖を拒否したことで急遽行われることになった司法解剖は午後から慈恵医大病院で行われた。解剖所見によれば、死因は多発性肋骨骨折、肺損傷、左右腓骨骨折および左脛骨骨折等に基づく出血性ショックによると判断された。

 アルコール、毒物、薬物の検査も行われたが、いずれの反応もなかった。薬物、毒物の反応がないということは、他人が薬物等を使用して転落させたとする仮説を否定するものであるといえた。つまり、これらの解剖結果は、それまでに行われた検死、捜査結果と矛盾しないものだった。司法解剖には警察官が立ち会っており、解剖所見が報告された(同年9月4日には同日付「解剖立会報告書」としてまとめられている)。

 司法解剖を終えた時点で、東村山署はマスコミに対してあらためて明代の転落死に関する発表を行った。マスコミの注目は事件性があるのかないのかという点に尽きた。これに対する東村山署の結論は「現場の状況、関係者からの聴取及び検死の結果等から事件性は薄いと認められる」というものだった。

「事件性が薄い」とは「事故あるいは自殺」ということになろう。東村山市議である朝木明代が、夜の10時に駅前のマンション5階まで行き、手すりを越えて転落するという事故は、通常では考えられない。したがって、「事件性が薄い」とは「自殺の可能性が高い」と結論付けたに等しい。

 この東村山署の結論は、警視総監、副総監など警視庁幹部にも報告された。警視庁上層部から東村山署に対して異論は出ていない。警視庁として東村山署の結論を承認したということと理解できる。

警察の見解とは異なる主張

 一方、同年9月2日午後、矢野は草の根事務所で記者会見を開き、マスコミに対して「朝木明代殺人事件の経過」と題するワープロ打ちのメモを配布していた。時系列で記載されたメモの中には「22時ころ 突き落とされる」の文言と、「22時40分ころ 東村山署に『朝木が行方不明状態、情報はないか』」との電話をかけたとする記載、さらに「23時ころ 119番に朝木搬送はなかったか確認の電話」、「23時~24時 病院に直接確認(出向く又は電話で)」との記載があった。

 検死と現場検証の結果に基づき、副署長の千葉が口頭で「事件性は薄い」とする見解を発表したのに対し、矢野はどんな根拠があったのか「他殺」を主張していた。その上、東村山署に「明代が行方不明になっている」との電話をかけた時間は9月2日午前0時30分ではなく「9月1日22時40分ころ」に改ざんされ、裏付けのない「確認の電話」をしたことになっていた。

 時系列のメモの最後の項目として記載されていたのは、「2時30分ころ 不審車と朝木がつれさられたと110番」の文言だった。ここで矢野がいう「不審車」とは、ただ飲み屋の女性を待っていただけだったことがのちに判明する。しかしもちろん、このメモを渡されたマスコミはその場で事実を確認することはできないから、取り上げるかどうかは別にして、とりあえずは矢野の主張を聞いておくしかなかった。

 このメモの行間からは、明代が「ビルから突き落とされ」たこと、矢野らは警察や病院に問い合わせをするなど可能な限りの努力をして明代の身を案じていたこと、どうやら「明代は不審車の人物かその仲間によって連れ去られたらしい」というストーリーを読み取ることができた。私が確認した範囲では、これが形として残る矢野による「他殺説」の始まりだった。

不可解な矢野の対応

 この中で、客観的事実として認められるのは、「2時30分ころ 不審車と朝木がつれさられたと110番」したことだけで、その110番の中身さえ矢野がそう訴えているにすぎない。「22時ころ 突き落とされる」の文言に信憑性を与える事実として加えたのだろうと推測できる。

 時系列でみると、メモの中に出てくる「事実」としてはこれが最後だから、矢野は少なくとも95年9月2日2時30分以降にこのメモのストーリーを考えたことになる。正確には「ストーリーを完成させた」といった方がいいのだろうか。

 そう思わせる証言があった。9月1日夜の11時ごろに帰宅した直子の弟は、「病院を探した」と主張する直子が実際にはずっと家にいたと証言しているが、当夜の直子の様子に関してもう1つ興味深い証言をしている。直子はしばらくすると「母は拉致されたようだ」といい始めたというのである。

 矢野がいた草の根事務所の電話発信記録に、弟の証言との関連性をうかがわせる記録が存在していた。直子は同日午後10時30分ちょうどに自宅から事務所の矢野に電話をかけ、東村山署に明代の安否を確認してくれるよう依頼している。同10時33分に事務所からの発信記録がある。矢野と直子によれば、矢野が東村山署に安否確認をしたときの発信記録だという。しかし現実には、東村山署には日付の替わった9月2日0時30分に矢野から電話がかかった記録があるだけである。

 直子は矢野に東村山署に電話するよう依頼したあと、矢野から「警察には何も情報は入っていない」とする連絡を受けたというが、それが何時だったについてはなぜか明言していない。この点と、矢野が東村山署に実際に電話した時刻について嘘をついている事実、すなわち矢野は9月1日午後10時33分には東村山署には電話していない事実を総合すれば、草の根事務所の午後10時33分の発信記録は、東村山署ではなく直子にかけたものだったとみるのが合理的である。

 その通話時間は2分弱で、矢野が東村山署に問い合わせをしたことにして直子にその結果を報告したものだとすれば妥当な時間といえるだろう。一方、これが東村山署に問い合わせたものだとすれば、市議会議員が「行方不明状態にある。何か情報は入っていないか」という内容の重大性からすれば、当然、対応した警察官も何か情報が入っていないか署内に確認するだろうから、2分弱で通話が終わるとは考えにくい。

 矢野が理由もなく東村山署には電話せず、直子に対しては警察に電話したことにし、その上「警察には何も情報は入っていない」と虚偽の報告をすることはあり得ない。矢野はこの時点で明代に関する何か重大な事実を知っていたがゆえに、東村山署には問い合わせの電話をせず、直子に虚偽の報告をしたということではないのだろうか。

 草の根事務所の電話発信記録には、それから約40分後の午後11時11分、午後10時33分と同じ局番の電話番号に発信した記録があった。

(つづく)
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