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民主主義汚染 東村山市議転落と日本の暗黒

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「東村山」の民主主義汚染を検証する 第1章 遺族の主張とメディアの報道  第15回
矢野が情報をコントロール

 前回までみてきたように、95年9月1日午後10時ごろ、明代が東村山駅前のビルから転落して死亡するまでには、矢野と直子が説明する内容と、その説明とは矛盾する事実があった。明代の転落死が自殺と判断されてもなんら不合理とはいえないことをうかがわせるものだった。

 しかしもちろん、当時、転落現場や遺体以外の明代に関する情報はすべて矢野がコントロールしていて、「明代は『万引き』の濡れ衣と最後まで闘うつもりだった」と主張していた。マスコミは当然、明代が万引き容疑で書類送検されていたことを知っていたものの、それによって明代が精神的に追い込まれていたかどうかまで確認することはできなかった。

 マスメディアが入手できた基本的な判断材料は、東村山署による「事件性は薄い」という判断とその理由、および矢野と直子が発信する「自殺するような様子も動機もなかった」とする主張と「9月1日の明代の行動に関する情報」に頼るしかなかったといっていいだろう。とりわけ夕刊紙を含む日刊紙は、その時点で明代の行動や様子に関して情報も限られており、それを報道するかどうかはともかくとして、矢野と直子の説明を受け入れるしかなかった。

転落死直後の報道

 のちに明らかになった事実と矛盾する明代の行動に関して、マスコミがどう受け止めていたか、まず日刊紙の具体的な報道をみよう。



(転落死直後の報道)

9月3日付産経新聞


「草の根グループでは、『事件直前までいた事務所のワープロや電気はつけたまま。財布、カバンもおいたまま出ている。1日も宗教法人法の抜本改正を求める陳情書を都議会に出して勇気りんりんとしていた。自殺は考えられない』(草の根の矢野穂積市議)として他殺ではないかとしている。」

9月3日付朝日新聞

「朝木市議と同じ会派の矢野穂積市議によると、1日午後は書類送検された窃盗容疑事件で弁護士と打ち合わせをしたあと、7時前、東村山市内の事務所に2人で行った。矢野氏が外出し、9時過ぎに戻ると朝木氏の姿はなかった。その後、朝木氏から電話があり、「気分が悪い」と話していたという。」

9月3日付東京新聞

「朝木市議と同じ『草の根』の矢野穂積市議によると、1日午後9時すぎに矢野市議が同市本町の事務所に帰って来た時、朝木市議のワープロはふたが開き原稿が書きかけの状態で、部屋の照明やクーラーもつけっぱなし。朝木市議からは午後9時15分ごろ『ちょっと気分が悪いので少し休んでから(事務所へ)行きます』と元気のない声で電話が入ったきり連絡が途絶えたという。」

「矢野市議は『自殺する気配など全くなかった。殺人事件ではないか』と話している。

9月4日付産経新聞

「朝木市議は転落死した1日午後3時から5時に同事件の担当弁護士と都内で会っているが、同席した関係者(筆者注=矢野)によると、『特に変わった様子はなかった』という。」



 9月1日の朝木宅の電話発信記録や万引き被害者の証言によれば、この日明代が都内に行くことも弁護士に会うこともあり得ず、したがって「都内から帰ってきたあとに」事務所でワープロを打っていたとする矢野の証言も成立しないことになる。しかし、そのような説明を受けた記者たちは、もちろん反論の根拠も持たず、まさか矢野が事実とは異なる説明をするとも考えていないから、その説明を信用した様子がわかろう。

 9月3日付朝刊にすでに明代の行動に関する矢野の説明が掲載されているところからは、矢野は9月1日の明代の行動について9月2日の時点で事実を覆い隠すストーリーを完成させていたことになる。明代の転落死からわずか半日のことである。おそるべき素早さというべきだろう。

 矢野は直子の弟が東村山署で9月1日には1度しか電話をかけていないとの説明をしていたことを知らなかったし、明代が被害者の店の前に訪れていた事実をまだ知らなかったのだろう。矢野はあまりにも自分の都合に合わせてストーリーを組み立てたために、想定しなかった2つの証言が出てきたことで事実との根本的な矛盾が生じてしまったのである。

異質な要素

 明代の行動に関する矢野の上記の説明は客観的事実に照らせばいずれも成立しないとみるのが合理的である。すると、矢野が会合を終えて事務所に帰ってきたときの状況(ワープロやクーラー、照明の状況)と称する詳し過ぎる説明は、それ自体が転落死に関わる重要な事実を隠そうとしているのではないかという疑念を抱かせる。

 矢野が説明する会合から帰ってきたときの状況の中には、ワープロやクーラー、照明の状態とは性質の異なる要素があった。9月3日付産経新聞に掲載された「財布、カバンもおいたまま出ている。」との部分である。他の要素は最初から事務所にあるものだが、明代の財布やカバンだけはそうはいかない。

 極端にいえば、ワープロやクーラーなどは矢野1人でなんとでも繕うことができるが、明代の財布やカバンに関しては、明代が自ら持ってこなければ、事務所には存在し得ない。つまり、明代の財布やカバンが事務所にあったということは、その夜、確かに明代が事務所に来た証拠なのである。

 問題は、明代はいったいいつ、事務所に来たのかということだった。

(つづく)
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